FC2ブログ

記事一覧

神保植松城 ~完全消滅と思いきや~

旧吉井町の城館探訪多胡下城から700mほど北西にあるのが神保植松城。表記は他に植松城、神保城とも。すぐ西にある神保館との混同を防ぐためここでは神保植松城を採用します。辛科神社神官神保氏の居城であったと推定されています。 肝心の城の主要部分は上信越自動車道の建設により消滅しています。上信越道沿いにはそういった城館がいくつかありますね。写真は「植松橋」から眺めた主郭があった付近。...

続きを読む

多胡下城 ~猛烈藪地獄~

旧吉井町の城館探訪別名金沢城とも。多胡氏が築いた城とされ、「多胡上城」の別名を持つ八束城との関わりもあるとされますが、詳細は不明。場所は多胡城の南方1㎞強ほどの丘陵の頂上。上信越道を越えるとすぐに城域へと伸びる林道があるのでそこを進む。すれ違い不可の狭路ですが、奥の肥料置き場へ行く以外事実上通行はない道なので、でかい車以外なら何とか進めるでしょう。地図では頂上まで細い車道が繋がっているように見えま...

続きを読む

第43回 恩賞の彼方に

万千代(菅田将暉)は戦場に送る武具の手入れを完璧にこなしたことを家康(阿部サダヲ)に認められ、ついに小姓にあがることになる。長篠の合戦の論功行賞に手を焼いていた家康に、万千代は武功を表にして整理することを提案する。一方、井伊谷では材木の乱伐により山崩れが起こっていた。甚兵衛(山本學)から山の異変について報告を受けた直虎(柴咲コウ)は、荒れた地に植林をすることを近藤(橋本じゅん)に進言する。一方、万...

続きを読む

第15回箕輪城まつり・・・

本日開催予定であった第15回箕輪城まつり。私もとても楽しみにしていたイベントです。例年以上の力の入ったポスター・・・が、台風接近により無念の中止となりました。残念。非常に残念。今年一番の残念な出来事です。(裏を返せば今年はそれだけ平穏無事に過ごせていたということですね。平凡な日々に感謝!)私は去年の箕輪城まつりの記事の最後にこのような感想を書いていました。さて、まつり全体の感想ですが、いわゆる「地域...

続きを読む

多胡城 ~多胡館との関連不明~

旧吉井町の城館探訪矢田代官所・矢田城から1㎞ほど西に位置するのが多胡城。多胡館のすぐ北側といったほうが話は早いかもしれません。吉井中学校の南西に張り出している舌状台地の先端に築かれています。大系には柳沢氏が在城したとありますが、その詳細は不明。名称も大系の多胡城をはじめ多胡城山、多胡砦、多胡の砦と資料によってまちまち。ここでは大系の多胡城で掲載しますが、規模的には砦のほうがより適切でしょう。南東側...

続きを読む

矢田代官所 ~陣屋との関係は・・・?~

旧吉井町の城館探訪矢田城のすぐ北に隣接する形で築かれたのが矢田代官所。矢田城から矢田陣屋に発展する中で別個代官所が設けられたものとされますが、矢田陣屋と矢田代官所との役割の相違や互いの存立時期については不明な部分も多いです。『城郭大系』ではこちらの代官所のほうを「矢田陣屋」と表記しているのでますますややこしいところ。ただ大系をはじめ『吉井町誌』『中世吉井の城館跡』ほか各種資料や「マッピングぐんま」...

続きを読む

矢田城 ~中世城郭から近世陣屋へ~

旧吉井町の城館探訪峯山城からまた沢を一つ挟んで南西800mほどの場所に築かれたのが矢田城。築城年代は定かではありませんが、近世以前に小林氏によって築かれたとされます。小林氏は菅沼定利の入封によりその配下となりました。その後近世に入っても中世矢田城は近隣を治める拠点として形を変えつつも存続し、宝永6年(1709)松平信清が三千石の加増を受けて一万石となり矢田藩が成立した際にはその陣屋となりました。しかし宝暦...

続きを読む

峯山城 ~山内上杉家臣富田氏の居城~

旧吉井町の城館探訪小串城から土合川を挟んでの800mほど西方の丘陵上に築かれたのが峯山城。『城郭大系』の表記は峰山城で、当サイトでは表記が割れた場合は大系の表記に準ずることが多いですが、ここでは主に参照した『吉井町誌』『中世吉井の城館跡』等の資料や「マッピングぐんま」の表記である峯山城で掲載します。築城は文明7年(1475)、関東管領山内上杉氏家臣の富田民部小輔吉政により行われたとされます。永禄6年(1563...

続きを読む

小串城 ~カタクリの里~

旧吉井町の城館探訪小串館の南方500mほどの丘陵上に築かれたのが小串城。小串氏の詰城であるという。北側から丘陵を登ると、丘陵上は一面の畑。これは先人たちの記録の通り。...

続きを読む

小串館 ~南北朝期の石仏が鎮座~

高崎市の旧吉井町には資料にあるだけでも40ヶ所近くの城館が確認されており、紛い地を含めるとその数はさらに増えることになろうかと思われます。そのうち当サイトで現時点で公開済みとなっているのは長根城、一郷山城、奥平城、多胡館、新堀城、馬庭城、天久沢陣城、神保館、吉井陣屋、馬場城の10城館(+掲載途中でストップした八束城を加えた11城館)のみ。ということでしばし旧吉井町の城館の在庫処理を行います。まずは吉井町...

続きを読む

第42回 長篠に立てる柵

徳川家康(阿部サダヲ)はついに武田との決戦地・長篠へと出陣する。井伊から材木を調達して初手柄をつかもうとした万千代(菅田将暉)だったが、直虎(柴咲コウ)がその動きを阻んだため無念の留守居を命じられることになる。長篠では家康と合流した信長(市川海老蔵)が、鉄砲を用いた奇策を披露していた。この戦に徳川勢として参戦していた直之(矢本悠馬)と六左衛門(田中美央)は不足していた材木を調達した功が認められ、信...

続きを読む

天応寺(井伊家三代の墓碑)

2015年冬 足利・佐野探訪 城館以外の探訪記 その3 佐野市堀米町にある天応寺...

続きを読む

ニホンカワモズク自生地

2015年冬 足利・佐野探訪 城館以外の探訪記 その2 足利市南大町にある神明宮ここから境内裏手へ移動。...

続きを読む

下野國一社八幡宮

2015年冬 足利・佐野探訪 城館以外の探訪記 その1 足利市八幡町にある下野國一社八幡宮写真の銅造鳥居は江戸時代後期の寛政4年(1793年)、佐野天明鋳物師の合作を有志が奉納したものとされる。市指定重文。鳥居奥右手に見えるクロマツは市内最大・市内最古のクロマツとされ、樹齢は推定650年。市指定重文(天然記念物)。...

続きを読む

NHK公開セミナー「井伊直虎から直政へ」

平成29年10月21日(土)、NHK公開セミナー・大河ドラマ「おんな城主 直虎」が開催されました。タイトルは「井伊直虎から直政へ」~直政の箕輪城入城まで~今年に入り既に2回井伊谷に行っている私からすればただでさえ興味深い内容に加え、会場は箕郷文化会館。こんな超お膝元で開催される催しに参加しないわけにはいきません。万障繰り合わせて出席。箕郷文化会館駐車場が満杯で小学校の隣にある臨時駐車場に移動する羽目に。...

続きを読む

ブラタモリ 立山

2017年10月21日、本日のブラタモリ♯88は立山!以下番組HPより。#88 立山~北アルプス・立山は なぜ神秘的?~舞台は、富山県の立山。日本とは思えないほどの“美しい絶景”が続々登場!北アルプスの山々に囲まれた、日本でいちばん高いところに広がるリゾート・立山。ロープウエーやトロリーバスなど公共交通機関しかないにも関わらず、その奇跡の絶景を求めてやってくる観光客は、年間約100万人におよびます。実ははるか昔から、...

続きを読む

赤見城 ~現役要塞保育園~

2015年冬 足利・佐野探訪清水城から、この日最後の訪問地として向かったのが赤見城。城内に保育園があることでも有名。その名も「赤見城保育園」。保育園隣の道路沿いには城址碑と石板。石板には往時の城の縄張りが刻まれています。それによると往時の赤見城は本丸を中心に南東に二の丸、南に三の丸、さらに北の丸、西の丸をもつ複郭の城郭で、現在の町屋公民館のあたりが西の丸に該当するようです。...

続きを読む

カテゴリ

プロフィール

KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日欠かさず生野菜摂取中。
© 2010 城館探訪記

フリーエリア

Twitter

スポンサーリンク

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

メールフォーム

お問い合わせはこちらからどうぞ

名前:
メール:
件名:
本文: