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記事一覧

第1話 「果てしない尾根直登」

攻略目標:信州遠見番所~~~~~~~2008年11月 真田本城からの光景...

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第17回 消された種子島

中野直之(矢本悠馬)は「種子島」を取り寄せ、直虎(柴咲コウ)の前で実演してみせる。その威力に驚いた直虎はこの「種子島」を鍛冶の村・井平(いだいら)で生産しようと考える。その頃、龍潭寺で手習いを始めていた虎松(寺田心)は家臣の息子たちと五目並べに興じていた。周りの子供たちが気を遣って手加減しているのを知った直虎は激怒する。周りが手加減をしなくなり、負け続けの虎松はショックで寺に来なくなってしまう。そ...

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高知県立歴史民俗資料館

土佐神社から車で10分程度で次なる目的地・南国市岡豊町にある高知県立歴史民俗資料館へ到着。 資料館登り口               駐車場この資料館は岡豊城のある城山の山上に建っているため、麓の県道から一登りする必要があります。車で上まで上がれるのでらくちん。駐車場からは資料館玄関までは普通の階段と螺旋階段の2ルートあり。雨降りだったので建物内を通る螺旋階段を使用。...

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2017.GWダイエット大作戦

今年の定期健康診断の結果が出ました。今年も特段目立った指摘事項はなく、まあ良かったと胸をなで下ろして細かく数値を精査すると、ひとつ前年と比較して気になる数字が。どうも私、太ったようです。...

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土佐神社(土佐国一宮)

雨降りの中、最終日の探訪一発目は土佐国の一宮・土佐神社。密かに一ノ宮めぐりをしている私にとって、城館に次いで探訪優先度の高いところです。肥前国一宮・千栗八幡宮以来の一ノ宮になるのかな。土佐神社 楼門(神光門)寛永8年(1631)二代藩主山内忠義の建立。国重文。...

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4日目(最終日)行程

今回の遠征の最終日、4日目の朝になりました。天気は雨朝食券をもらっていたのでレストランへ。...

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高知城下町散策

高知の城下町で見つけたその他旧跡などをまとめてダイジェストで掲載。致道館参政吉田東洋が16代藩主豊範の命により 文久2年(1862)創設 始め文武館と称したが 慶応元年(1865)致道館と改称した 幕末非常事態での藩士の教育機関として 文武両道を厳しく鍛錬すると共に 西洋学術も受容した...

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第16回 綿毛の案

駿府から無事帰還した直虎(柴咲コウ)。瀬戸方久(ムロツヨシ)は井伊家の財政を立て直すための新たな産業として「木綿」作りを持ちかけ、綿の実の栽培を勧める。乗り気になった直虎は瀬戸村の百姓・甚兵衛(山本學)に相談するが、井伊領内は深刻な人手不足であり、木綿作りを担う人材がいないことがわかる。人手を探して村々をまわる直虎だったが、ある日水浴びをする若い男(柳楽優弥)と運命的な出会いを果たす。男から「人は...

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高知城⑥ ~南海の名城~

詰門前に戻ってきました。ここからは先ほど飛ばした三の丸を経由して城の搦手口を目指すことにします。 三の丸                 さっきの若い子たち...

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高知城⑤ ~全国唯一の完存本丸~

その④では天守最上階から見た南・東・北側の光景を紹介しました。残った西側からは本丸内が一望できます。西側 本丸内の様子左上から時計回りに黒鉄門、黒鉄門西北矢狭間塀、西多聞、廊下門、東多聞と続き、天守下に連結しています。廊下門はその②でも一度触れましたが、これら建築物はそれぞれが城内に15棟ある国重文の一つです。本丸は標高44.4m、変形の土地で総面積は約1,580㎡。その中に天守をはじめとして本丸御殿・納戸蔵・...

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高知城④ ~4重6階の現存天守~

現存天守の一つ・高知城天守。もちろんこの天守も城内に15棟ある国重文の一つ。以下高知城天守についてwikiの記述。南北に千鳥破風、東西には唐破風をつけた安土桃山時代の様式である。最上階の高欄は、徳川家康の許可を得て造ったものといわれている。創建時のものは享保12年(1727年)に焼失し、延享4年(1747年)に焼失以前のものを忠実に再建されたものといわれており、高欄を設けるなどのやや古風な形式(復古型)をとってい...

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高知城③ ~現存本丸御殿・懐徳館~

それではいよいよ建物内へ入ります。 忘れちゃいけない100名城スタンプは入口の受付にて。シャチハタタイプで良好、97箇所目を無事押印。ラスト3。通常スタンプもあるのであわせて押印。...

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攻城団

攻城団というサイトに登録してみました。登録されている城の中で行ったことのある城を攻城済みとして地図上に表示できる便利なサイトです。私のマイページはこんな感じ。...

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第15回 おんな城主 対 おんな大名

直虎(柴咲コウ)が今川の下知に背いて徳政令をはねのけたことに怒った寿桂尼(浅丘ルリ子)は、政次(高橋一生)を呼びつけ、直虎に駿府へ申し開きにくるよう命じる。以前同じように駿府へ呼び出され、道中で惨殺された直親(三浦春馬)の記憶がよみがえる家臣一同。政次は直虎に虎松(寺田心)の後見を降りるよう勧めるが、直虎はそれを拒み駿府へ向かうことを決意する。途中、命を狙われた直虎だが、家臣・直之(矢本悠馬)と入...

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高知城② ~土佐24万石の中心~

ここで高知城の沿革について。大高坂山には、高知城の前身として大高坂山城(または大高坂城)があったとされる。付近の豪族・大高坂氏によって築かれたとされるが、定かではない。記録上では、大高坂松王丸が居城したことが知られている。松王丸は南朝方に付き、延元3年(1338年)には後醍醐天皇の第7子・満良親王を迎えている。しかし興国2年(1341年)、松王丸は北朝方の細川禅定、佐伯経定と戦って敗北、大高坂山城は落城した...

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高知城① ~偉人たちのお出迎え~

高知共済会館を出るとすぐに高知県庁前面にめぐらされた水堀に出会います。現在地はココ...

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高知共済会館 COMMUNITY SQUARE

第2時四国遠征編の再開。少し間が空いたので現在の状況のおさらいから。2016年GW、片道3000円台の格安チケットで成田から松山に飛ぶことに成功(→参照)。現在3日目後半、桂浜からはりまや橋の前を通過し高知中心市街地に入ったところ。この後いよいよ今回の旅の一番の目玉・高知城の探訪に入ります。1日目の宇和島城方式と同じく、先にホテルにチェックインし、駐車料金を気にせず探訪する手法を使います。本日の宿は高知城直近に...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日欠かさず生野菜摂取中。
© 2010 城館探訪記

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