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記事一覧

世界遺産 玉陵

国指定史跡・玉陵。2000年に登録された世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」を構成する9つの史跡の一つ。王家の陵墓であるので城館カテゴリーには含めませんが、城館として紹介している先人もいるので、半城館扱いで表記のみ太字にします。首里城の探訪後、首里杜館から守礼門とは反対方向へ。首里城公園管理センター周辺はかつての天界寺跡琉球王国時代の臨済宗の寺院跡。天界寺は、第一尚氏第六代国王尚泰久が、景泰年間...

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第47回 反撃

私のPCは「しじつ」と打つと「史実(笑)」と変換されるようになって久しいですが、今年の大河についてはさすがに信者ですら「史実(笑)に忠実!」と強弁することもできなくなり、代わりに「これは歴史教科書でなくドラマだ!」的なことを言うようになったようですね。まあそれは私が大河ドラマに対する姿勢として何年も前から言い続けていることなので、ようやくそこにたどり着けたことは結構なことです。そしてその場合は、ドラ...

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首里城⑧ ~琉球国王印、拝受~

城内はあらかた見学し終わりましたが、スタンプはまだ3つ空きが残っています。しかもその3つはすべて現在地から離れたところに固まっていますが、ここまで来たら完全制覇を目指すよりほかありません。再び園比屋武御嶽石門の前を通り、城の北側を城壁沿いに進みます。あっネコちゃん雨宿りしないと。...

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首里城⑦ ~城内最大の祭祀空間・京の内~

正殿から有料見学区域の最終見学ポイント、北殿へ。北殿はかつては北の御殿(にしのうどぅん)、議政殿(ぎせいでん)とも呼ばれていた。創建は1506~1521年頃とされ、記録によると1709年の首里城の大火で他の建物とともに焼失し、1712年頃再建された。通常は王府の行政施設として機能し、表15人衆(大臣)や筆者、里之子(さとぅぬし)と呼ばれる役人等が働いていた。北殿は南殿・番所同様、鉄筋コンクリート造として外観を木造で...

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箕輪城の復元城門が公開

平成28年11月23日、復元された箕輪城の「郭馬出西虎口門」が一般公開開始となりました。昼頃にじいさま連中が集まるであろう式典があるというのでその時間は避け、14時ごろ現地へ。新たな駐車場周辺このあたりが東明屋砦の跡になるのですが、以前あった看板は消滅してしまいました。すでに看板写真は撮ってあるので未練なし。駐車場から二ノ丸へ向かう道の途中、「郭馬出西虎口門」方面へ向かう道が新たにできていました。そちらへ...

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首里城⑥ ~琉球王朝文化の結晶・正殿内部~

黄金御殿庭園の先は正殿の2階につながっています。ここからは撮影可能正殿スタンプ [16/25+2/2]...

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第46回 砲弾

11月17日に今年の「新語・流行語大賞」のノミネート30語が発表されました。この中に室賀さんのセリフ「黙れ小童」がノミネートされていないのがおかしいと、ごく一部の信者が騒いでいたというのですが、普通に考えて入るわけないだろ、と。今年の信者の質の低さをよく示す事例であります。...

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前橋四公祭

平成28年11月20日、群馬会館にて「前橋四公祭」が開催されました。前橋四公祭ポスター イラストは井田ヒロト氏井田氏のことを述べると話がそれるのでここでは流しますが、例の作品の個人的お気に入りポイントは学ランの背中の紋章が群馬県章になっているところ。...

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首里城⑤ ~首里城「内」の世界~

御庭から建物内の見学に移ります。番所から中へ。南殿・番所スタンプ [14/25+2/2]南殿(左)・番所(右) (画像は首里城公園HPより借用)庭から向かって右側が「番所(ばんどころ)」、左側が「南殿(なんでん)」である。「番所」は、通常は首里城へ登城してきた人々の取次を行った所であり、「南殿」は日本風の儀式が行われた所である。いずれも塗装を施したという記録がなく、また元々日本的な建築であるため着色はしていな...

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首里城④ ~王国の栄華を物語る正殿~

広福門をくぐると下之御庭(しちゃぬうなー)と呼ばれる広間に出ます。下之御庭の位置「下之御庭(しちゃぬうなー)」とは、沖縄の表現で「下の庭」という意味である。 首里城正殿のある「御庭(うなー)」へ入る前の広場で、正殿前で行われる様々な儀式の控え場であり、正殿の建築工事の際には資材置場等として使用された。現在は城内でのイベント等の際に利用されている。...

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首里城③ ~正殿への道~

守礼門側から見て園比屋武御嶽石門の右手を上がると、高い城壁と第一の門が現れます。スタンプや各種説明板も設置されています。以下引用は全て首里城公園HPより。...

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続日本100名城 予想

すでに城郭愛好家の間では知れ渡っていますが、現在タイトルにある通り「続日本100名城」が選定中であり、来年の平成29年4月6日(城の日)に発表が予定されています。日本100名城(城郭協会選定)についてはリンク先参照のこと。大変素晴らしい試みです。何が素晴らしいって、現在の100名城以外のところから選ぶという点が。もしこれがまた1から全部選びなおすとかいう類のものだったら、毎度代わり映えのない城(現存天守がある城...

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首里城② ~世界遺産・園比屋武御嶽石門~

守礼門を過ぎると、すぐに左手に石門が現れます。園比屋武御嶽石門初見で読むのは厳しい。「園比屋武(そのひゃん)御嶽(うたき)石門(いしもん)」と読みます。太字表記しているのは、城館として単独項目で掲載している城サイトもあるため。私も単独城館扱いにするか迷いましたが、単独にすると評価の付けようがなくなるので、首里城の項目内で掲載することにします。一応折衷案として首里城の項目内で単独の紹介ページとし、単...

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首里城① ~礼節を重んじる国~

沖縄弾丸の旅2日目は天気予報通り朝から雨。本日午後一の便で成田へ帰還するので、探索可能時間は正味3時間強。なので数を回るのはあきらめて、特に訪れたいところを選別して限られた時間の中で最大限の探訪を行います。朝一で訪れたのは、国指定史跡・首里城!これは首里城ちゃん 2000年に登録された世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」を構成する9つの史跡の一つ。言わずと知れた超有名な観光地でもあります。まだ私が...

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第44回 築城

今回はOPがないパターンかと思いきや、ラストでOP。私的には特段良いも悪いもなく「ああそうか」と思っただけですが、信者はこれを大河史上最高の神演出であるなどと讃えているというのだから、変なクスリでもやってやいないか心配になってしまいます。こんな深夜アニメで必ず取り入れられるようなありふれた手法で、よくそこまで大騒ぎできるなと。まるでコレ...

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秋の甲州路探訪

山城シーズン入りした11月、唐突に「御坂城に行って富士山を眺めたい!」と思い立つ。思えば葛山城の時も(→参照)足柄城の時も(→参照)富士山を眺めることができなかったので、今回は快晴の日を見計らって出陣しようと心に決めていたところ、第1週にいきなりベストな天候のめぐりあわせとなったため、早速甲州へ出陣。・要害山城・熊城・日吉神社・積翠寺(信玄産湯の井戸)要害山城の麓からの甲府盆地の眺め...

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御坂城(先行公開)

日本屈指の高地に築かれた城として名高い御坂城。日本一の高さかどうかは断定できないが、国内でこの城より高所に築かれた城の情報というものは、現時点ではまだ目にしたことはない。情報求む。*追記:信州塩尻の贄川城(武州秩父の贄川城ではなく)が標高1760mで、現時点で確認できる最高標高のようです。ただし遺構残存状況や見ごたえなどは御坂城には遠く及ばない模様。御坂トンネル南側出口にある天下茶屋このあたりの標高が...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日欠かさず生野菜摂取中。
© 2010 城館探訪記

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