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記事一覧

新宮城① ~熊野灘を望む近世城郭~

紀伊半島一周の旅3日目。この日は朝から雲一つない晴天。写真を撮るには青空が一番とはいえ、今日も一日暑くなりそうだ・・・そういえば、新宮入りしたことでこれまで未踏だった和歌山県の踏破、宿泊を同時達成。これでこの時点で未踏の県は高知県ただ一つになりました。(2016年5月現在では高知県も踏破し未踏の県はなくなっています)さて、新宮市内のホテルを出発し、本日1城目は市内にある新宮城!城下南西側から山上に連なる...

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鵜殿城 ~熊野水軍の拠点の一つ~

京城を後にし、相野谷川沿いを下っていくと熊野川に合流。川の向こうは和歌山県。三重県の南の端までやってきたことになります。やたら南北に長い県だった。もはや完全に日没となりましたが、わずかに明かりが残る間に本日ラストの城・鵜殿城へ。R42熊野街道を紀宝町役場方向へ東進すると、矢渕中学校の手前で熊野川に突出するように山がせり出していますが、この山上には鵜殿城の詰め城とされる飯盛口城があります。...

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京城 ~新宮城主堀内安房守築城~

尾呂志城を後にし、r62~オレンジロードでトンネル越えして紀宝町へ。大里地区の相野谷中学校東側の小山が京城(みやこのじょう)の跡というが・・・相野谷中学校から東側の城山を望む経験則上、麓に学校がある山城は学校周りに説明板があることが多いため、学校周囲を一周するも城の表示物なし。ついでに北側にある相野谷小学校さらには城山の周囲を回ってみるもやはり表示物なし。...

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尾呂志城 ~上野の大杉が鎮守する~

川瀬城の南東にある尾呂志学園小中学校の周辺が尾呂志城の跡地です。学校北側の道路に掲示されている説明板尾呂志城は入鹿氏から分かれて尾呂志の地頭となり尾呂志氏を名乗った者により築城されたもので、元は御浜町役場尾呂志支所付近にあったが、土地が狭いため、永禄年間尾呂志氏4代孫三郎(隠居して慶閑と称す)の代に現在の尾呂志小学校の地に移転した。 城の規模については諸説あり、「続風土記」には東西26間(約47m)、南...

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川瀬城 ~必要以上に立派な城址碑~

赤木城を後にしたのが16:30。10月は実はそんなに日が長くないので、そろそろ日没も近い状況ですが、ここから粘るのが私の登城スタイルの真骨頂。来た道を戻り、R311風伝トンネルを抜けてすぐの県道を右折(南へ)。100mちょい南へ進んだところに石碑を発見。川瀬城城址碑立派な城址碑ですが、隣には五輪塔や石の台座があるだけで、城に関する説明が一切ありません。石碑の裏に説明が刻まれているケースもよくあるので確認したの...

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赤木城② ~山奥に眠る総石垣の城~

主郭は城の最高所にあり、方形に近い台形をしています。内部に残っている礎石も大きく、他の郭より立派な建物があったと考えられています。主郭からは周囲の風景を一望できます。山深い風景このような山奥ではありますが、この周囲は古来より銅などの鉱山資源に恵まれ、中世には刀鍛冶が盛んに行われていました。森林も豊かで戦国期にはたびたび熊野の木材が切り出された記録が残っています。...

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赤木城① ~行ったら戻らぬ赤木の城へ~

すっかり日も傾いてしまいましたが、ようやく本日のメイン城郭に到着。国指定史跡 赤木城いや~、とんでもなく訪れにくいところですよココ。はっきり言って大阪から東京へ行くより、大阪からここまで来ることのほうがはるかに大変なことでしょう。紀伊半島を一周する高速道が全区間開通すればだいぶ状況も変わるのでしょうけれどね。...

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田平子峠刑場跡

丸山千枚田を後にし、そろそろ赤木城に到着しようかというところで、路肩に標柱があるのを発見。ちょっと立ち寄ってみます。国指定史跡 田平子峠刑場跡...

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丸山千枚田

獅子岩を眺めた後、海岸沿いの道から離れR311で内陸部へ。山間の道ではあるが、交通量は少なく走行するには快適。しかしトンネルを潜るたびにどんどん山深くなってくる・・・ついさっきまで海沿いにいたとは思えない山深さ「風伝トンネル」を越えると、右手に大きく「丸山千枚田」の看板があるのが目に入ります。隣には「国史跡 赤木城跡」の表示も。ここで右折し、r40へ。この県道は一部道路改良が進んできているものの、ブライ...

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獅子岩

鬼ヶ城を後にし南進すると、左手には七里御浜が始まります。この浜は熊野市から紀宝町に至る約22km続く、日本で一番長い砂礫海岸ということです。七里御浜(しちりみはま)は三重県熊野市から紀宝町にかけて熊野灘に面した浜である。日本の渚百選、日本の白砂青松百選、21世紀に残したい日本の自然百選の一つ。吉野熊野国立公園の一部。また、熊野古道伊勢路の一部。紀宝町側の井田海岸には、産卵のためアカウミガメが上陸する。毎...

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鬼ヶ城 ~鬼の見晴らし台~

名勝のほうの鬼ヶ城の探索を終え、続いては城砦としての鬼ヶ城の探索に向かいます。この後の予定が詰まっているので、できるだけ短時間で済ませたいところですが・・・駐車場にある登り口。熊野古道にも繋がっているようで、杖の貸し出しもあります。私は写真を撮影する都合上手ぶらのほうがいいので持っていきませんでしたが、熊野古道を歩く方は利用したほうがいいかもしれません。...

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鬼ヶ城(世界遺産)

三瀬館からR42を熊野方面へ。荷坂峠を越えて紀伊長島ICから紀勢道無料区間~R42熊野尾鷲道路を経由。無料の高規格道路で交通量も少なく、熊野までストレス少なく快走。  熊野大泊で高規格道路が終了し、熊野街道と合流したところで「鬼ヶ城」の表示が。城館かと思い反射的に左折。世界遺産の文字もあるが、はて、この辺りに世界遺産の城などあっただろうか?はい、知らなかった方のために。鬼ヶ城は景勝地の名称(熊野の鬼ケ城 ...

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ラスト3

第2次四国遠征は無事に(?)終了しましたが、これの本編は現在掲載中の紀伊半島編を終えた後、諏訪編、伊那編、房総編、足柄編、北毛編、沖縄編を片づけないとたどり着けません。実際はこのほかにも単発で何日か分の在庫(単発の合算分だけでもトータルで数十城)があるので、本編公開までいったい何年かかるんだって話です。まずは紀伊半島編を完結させることに尽力します。それはさておき、第2次四国遠征後の経県値↓ついに未踏...

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4日目

最終日は再び雨降りの一日。探索にはそれほど支障がない程度であったが、最後に予想外の事態に・・・土佐神社(土佐国一之宮)...

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高知城(先行公開)

南海の名城山内一豊像...

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3日目

メインの高知城以外を少しだけ。須崎台場(須崎砲台)...

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2日目

前日とはうって変わって晴れの1日。夏日の中石段をひたすら上り下りしまくり。数百段どころの話ではなく、2000段以上は往復したと思われる。宿毛城...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日欠かさず生野菜摂取中。
© 2010 城館探訪記

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