記事一覧

三瀬砦 ~旧主・北畠具教を襲った長野左京進の城館か~

三瀬砦は下三瀬城、三瀬左京館ともいい、この地の豪族で北畠氏に仕えていた三瀬左京祐の居城とされています。戦国時代、織田信長に追われた8代伊勢国司北畠具教が三瀬館を構えた際、三瀬氏は三瀬砦において三瀬館守護の支柱になったと伝わります。大平町下三瀬地区でR42熊野街道から一本南の県道(旧熊野街道)へ。県道沿いにあった表示県指定史跡三瀬砦跡←に従い南に折れます。...

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主神城 ~霊験あらたか?~

玉城町からr13~R42熊野街道で熊野方面へ。大台町に入りしばらく進み、ちょうど紀勢道の下を交差する手前にそれはあった。謎の天守発見調査の結果、これは主神城と呼ばれていることが判明。...

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田丸城③ ~中世と近世を併せ持つ城~

天正12年(1584)、小牧・長久手の戦いののち、松ヶ島城主となった蒲生氏郷の支配下に入る。天正18年(1590)の奥州仕置において蒲生氏郷が陸奥国会津に移封されると、妹婿となっていた田丸直昌も与力大名として陸奥に移動した。江戸時代初頭には稲葉道通が入り田丸藩となる。稲葉氏転封ののち藤堂氏の支配地になるが、元和5年(1619)、徳川御三家の一つ紀州徳川家の治める紀州藩の所領となる。遠江久野城城主であった付家老久野...

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田丸城② ~南朝の拠点から織田氏伊勢支配の拠点へ~

田丸城は南北朝時代に南朝方の拠点として北畠親房、北畠顕信によって築かれたといわれる平山城である。伊勢神宮を抑える戦略的要衝として争奪戦が繰り広げられたが、1342年(康永元年)、足利尊氏によって落城する。その後、室町時代には伊勢国司となった北畠氏の手によって再建される。北畠家の庶流で、第5代北畠政郷の四男顕晴が度会郡田丸城に入り、田丸氏を名乗った。戦国時代、田丸直昌は織田信長の伊勢侵攻に伴い北畠具教の...

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田丸城① ~伊勢神宮を抑える要衝~

紀伊半島一周の旅2日目。松阪市内のホテルを出発し、本日初めの目的地である田丸城へ向かいます。玉城町役場を目指せばいいので場所は非常にわかりやすい。玉城町役場役場が建っているこの場所はすでに城域内。大きく「熊野古道伊勢路出立の地 玉城」と掲示されています。町のHPによると、この地は神宮(伊勢神宮)の鎮座とともに神領になり、倭姫命(やまとひめのみこと)に随行して皇大神宮(こうたいじんぐう)の祢宜(ねぎ)...

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松坂城③ ~城のある町にて~

きたい丸から本丸上段の裏側へ。  本丸上段の北側下には藤見櫓跡・鐘ノ櫓跡が守りを固めています。...

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松坂城② ~蒲生氏郷が築いた総石垣の堅城~

1584年(天正12年)近江国日野城6万石の蒲生氏郷が伊勢国12万3千石を与えられ松ヶ島城に入城した。1588年(天正16年)氏郷は、松ヶ島は伊勢湾に面し城下町の発展性がないと考え、飯高郡矢川庄の四五百森(よいほのもり)に新たに築城を開始した。工事は領内の寺社を取り壊して転用し、急ピッチで年内に完成させた。城は東に大手、南に搦手を配し、外郭に深田堀及び水堀を巡らせた。四五百森北峰に本丸を配し、その南側に二の丸が置...

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松坂城① ~再訪の陣・御城番屋敷~

本日のラストは松阪市大阿坂町にある阿坂城の登城を予定していましたが、思いのほか時間が押して日も暮れてきてしまったので、百名城の松坂城の探訪に切り替えました。松坂城は2009年の7月に登城していているので、6年と3か月ぶりくらいの再訪になります。よほどのことがない限り極力再訪はしない主義の私ですが、前回登城時の写真が本公開前に消滅してしまったので、この機会におさらいと写真再取得をしようと思い立ったわけです...

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グスクめぐり

この記事にあるとおり今年中に百名城を完全制覇するということで、まず狙いを定めたのは沖縄の3城。びっくりするほど安い航空チケットが取れたので1泊2日(探索可能時間は実質1日)の弾丸探訪に出ました。先行公開をした4つの世界遺産(今帰仁城・勝連城・中城城・首里城)のほかにも何ヵ所かグスク・史跡巡りはしましたが、時間がなさ過ぎて予定の半分程度しか回ることができませんでした。その中でも以下3ヶ所はそれぞれ単独の城...

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首里城(先行公開)

世界遺産 首里城この城は再訪、ただし今回初めて見た部分も多し。余談だが首里城のチェックポイントをめぐるスタンプラリーを完全制覇してしまった。天候の関係でかなりハードモードだったが、おかげでくまなく探索できた。守礼門...

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中城城(先行公開)

世界遺産 中城城立派な城址碑この城址碑は正門にあるのだが、見落とす人も多いのではなかろうか(理由は本編で)...

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勝連城(先行公開)

世界遺産 勝連城すばらしいこちらも予想以上だ...

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今帰仁城(先行公開)

世界遺産 今帰仁城グスク特有の曲線的石垣これは石垣というより「城壁」と呼んだほうがよりしっくりくる...

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津城③ ~伊勢は津でもつ~

高山神社から再び本丸天守台付近へ。本丸南面、天守台に隣接する埋門かつて本丸周りはすべて幅広の水堀で囲われており、東西それぞれ1ヶ所の出入口以外は外とつながっていませんでした。にもかかわらずなぜこの場所に門があるのだろう、と疑問に思い確認すると、どうやら堀に面して巡らされていた犬走りに通じる門であったようです。...

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津城② ~津藩32万石の居城~

現在の津市の古称は安濃津(あのつ)であり、平安時代より伊勢国政治経済の中心地となっていた。鎌倉時代は藤原南家の流れの工藤氏を祖とする長野氏が支配していた。津城の起源は戦国時代の永禄年間(1558年 - 1569年)に、長野氏の一族の細野藤光が安濃・岩田の両河川の三角州に小規模な安濃津城を構えたことに始まる。永禄11年(1568年)織田信長の伊勢侵攻により織田掃部頭(津田一安)が入城。翌年には織田信包が入城した。信...

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津城① ~藤堂高虎の高石垣~

藤堂高虎が近世城郭として大改修し、津藩の藩庁となった津城。現在も高石垣のほか、(完全ではないものの)高虎流の縄張りが残る城として知られています。今回登城を楽しみにしていた城の一つです。城のすぐ東側にある有料駐車場。本当は有料駐車場にはできるだけ停めたくはないが、市街地のど真ん中にあるにしては料金も安いのでまあいいか。目標は30分未満で一周すること!・・・ちょっと厳しいかな。...

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上津部田城 ~近代的施設の敷地に残る城~

三重県総合文化センターの敷地内に上津部田城という城があるという情報をもとに、現地へ向かう。近代的な建物が立ち並ぶ三重県総合文化センター 無料駐車場あり確認したところ城跡はこの建物の奥、県立図書館や男女共同参画センターの先の小山の上にあったのですが、結論から言うと、私はこの城の攻略に失敗しています。...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日生野菜摂取しないと死ぬ。
© 2010 城館探訪記

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