記事一覧

館城 ~松前藩最後の城~

本日最後の目的地である館城へ。場所は道路地図にも記載されているので特に迷うこともありません。江差から厚沢部町へ入り、内陸へ向かいひた走る。距離はあったものの、信号も通行する車もない区間がほとんどで、驚くほど早く目的地に到着。r634から館城のある城丘へ。登り口には「館城址 館藩」と書かれた城門風のゲートや幟旗があります。...

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役所下台場 ~旧中村家住宅~

安政5年(1585)に書かれた箱館奉行の村垣與三郎(淡路守)の公務日記に、「役所前浜辺へ上り夫より役所上(役所上台場)並ニ下(役所下台場)二ヶ所の台場見分、三百目、五百目筒二挺つつ据付あり夫より本陣ニ着」と記されています。ここでいう「役所下」とは、現在旧中村家住宅が建っている周辺になります。旧中村家住宅(国指定重要文化財)中歌町に残されている旧中村家住宅は、江戸時代から日本海沿岸の漁家を相手に、海産物...

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役所上台場 ~土方歳三嘆きの松~

安政5年(1585)に書かれた箱館奉行の村垣與三郎(淡路守)の公務日記に、「役所前浜辺へ上り夫より役所上(役所上台場)並ニ下(役所下台場)二ヶ所の台場見分、三百目、五百目筒二挺つつ据付あり夫より本陣ニ着」と記されています。ここでいう「役所上」とは、現在江差町郷土資料館が建っている周辺になります。旧檜山爾志郡役所 現江差町郷土資料館檜山郡・爾志郡を管轄する郡役所として、1887年(明治20年)に建設された建物...

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テカエシ台場 ~弁天島西台場~

キネツカ台場と同様、松前藩によって沿岸警備のため鷗島の北側に築かれた台場。かもめ島歩きMAPよりテカエシ台場の表示があります。...

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キネツカ台場 ~弁天島南台場~

江戸時代末期、鷗島の南北両端には松前藩によって沿岸警備のための砲台が建造されました。資料には弁天島(鷗島の別名)の南台場・西台場の名で記載されていますが、現地表記だとそれぞれキネツカ台場・テカエシ台場となっています。かもめ島歩きMAPよりキネツカ台場の表示があります。...

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鷗島・瓶子岩

海洋丸が展示されている場所のすぐ奥にあるのが鷗(かもめ)島。北海道立自然公園 かもめ島...

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開陽丸

洲崎館から北上し、江差町へ。もうだいぶ以前から時間が厳しいと言い続けていますが、いよいよ日没が近づいてきています。冬場ならもう日が沈んで1時間は経過している時刻でしょうか。ただ、まだ訪れておきたい史跡は残っているので、これからさらに一粘り二粘りします。人間限界が来たと思ったところからまだもう少しはいけると言ったのは、誰の言葉だったかな。けだし名言。さて、江差町の名所であるかもめ島に立ち寄ろうと思っ...

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洲崎館 ~武田信広、新婚の館~

花沢館から天の川(素敵な名前の川!)を渡り北上。しばし進むと砂館神社への標識があるので、そこで左折。神社周辺一帯が洲崎館の跡地です。砂館神社花沢館とは異なり、神社前に駐車スペースがあるので安心。...

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花沢館 ~道南十二館・上之国守護の館~

旧笹浪家住宅からR228を江差方面へ進むと、国道右手脇に石碑を発見。史跡上之国館跡のうち花沢館跡かのコシャマインの戦いの際、道南十二館の中で最後まで落城しなかった二つの館のうちの一つ。立派な石碑を確認できたのでこれで充分、時間もないし次の場所へ向かおうかとも思いましたが、せっかくなのでちょっただけ奥に入ってみます。ちなみに駐車場はないので道路の余白に停車やむなし。...

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旧笹浪家住宅、上ノ國八幡宮

勝山館の麓にある旧跡群をまとめて紹介。旧笹浪家住宅(国指定重要文化財)笹浪家は上ノ国で代々鰊(ニシン)漁などを営んできた旧家の一つです。初代は享保年間に能登国笹波村(現石川県珠洲市)から松前福山に渡ったとされ、後、上ノ国に移り住みました。代々久右衛門を襲名。旧笹浪家住宅は、19世紀の前期に五代目久右衛門が建てたといわれるもので、笹浪家の古文書には安政4年(1857)に家の土台替え、翌年には屋根の葺替えを...

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勝山館③ ~上ノ国の空中都市~

館神八幡宮跡から下っていきます。 雛壇状に造成された区画にある掘立建物跡掘立柱の建物跡は館内で約200棟発掘されていますが、全体の中でも高所に位置するこの建物群は何か特別なものだったのでしょうか。...

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勝山館② ~墳墓の丘・夷王山~

ガイダンス施設から退出。史跡上之国館跡のうち勝山館跡...

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勝山館① ~必見のガイダンス施設~

勝山館(かつやまだて)は、北海道檜山郡上ノ国町にあった中世の日本の城(山城)。昭和52年(1977年)4月12日、「上之国館跡」のうちの一つ「勝山館跡」として国の史跡に指定された。築城年代は不明だが、館北端にある館神社の創建が文明5年(1473年)と伝えられているため、この頃の築城と推定されている。蠣崎信広あるいはその子光広以降、蠣崎氏の本拠地とされていたが、光広の時代の永正11年(1514年)に松前の徳山館に本拠を...

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北海道夜明けの塔

比石館から北上し、本日の裏メイン、勝山館へ向かいます。海沿いのR228から、中世史跡公園となっている丘陵地帯へ。広大な丘陵地帯丘の上には風車が立ち並んでいます。...

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比石館 ~館主厚谷重政、大鮫に化身す~

大滝の古戦場を発ったところで時刻はすでに15時を回っています。今日はこれからまだ10ヵ所以上探訪したいところが残っているのですが。ともかくギリギリまで頑張りましょう。返す返すも松前城の駐車場で余計な時間を消費したことが悔やまれます。さて、引き続きR228を北上すると、石崎川を渡る手前に海に向かって突出する岬があります。この岬上に築かれたのが、道南十二館の一つ・比石館です。石崎川に架かる石崎橋の南側に標柱が...

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大滝の古戦場

原口館からR228に復帰して再び北上開始。ほどなくして松前町から上ノ国町へinします。願掛1号橋とはなかなかのネーミングさらに少し走行すると、「大滝橋」の手前で標柱の姿が視界の隅に入る。標柱探索モードになっているときの私はこういったものは見逃しません。...

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原口館 ~コシャマインに落とされた道南十二館~

折戸台場からR228をしばし北上。原口集落を過ぎ、原口漁港の北側台地上が原口館の推定地という。漁港北側、国道から1本海側の道沿いに標柱発見!立石観音像、折戸台場ですっかりおなじみとなった同タイプのものです。接近するとうっすらと「原口館跡」の文字が読み取れます。写真でも「原口」の文字が判読できるでしょうか。標柱のある場所は、北の遺跡案内で原口A遺跡とあるところ。...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日生野菜摂取しないと死ぬ。
© 2010 城館探訪記

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