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記事一覧

新名胡桃城・沼田城

名胡桃城の整備が終わり一般公開が始まったと新聞報道であったので、見に行ってみました。ついでに北毛の城館を10か所ほど久々に再訪。おおなんだこれ。すばらしい。...

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松前城③ ~最北の日本式城郭~

福山城(松前城)は、松前町福山の台地に築かれた平山城で、近世に築城された北海道唯一の城郭である。松前家5世慶広が、天正17年(1589)徳山(大館)の居館焼失を機に、慶長5年(1600)福山の地で築城に着手し、同11年(1606)完成した。蝦夷地の中心として威容を誇ったこの城は、嘉永3年(1850)幕府の命により取り壊され、高崎藩士市川一学の縄張により、直ちに全面的な改築に着手し、安政元年(1854)完成をみた。その後10数...

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松前城② ~夷酋列像~

眼前には立派な門構えの入城口。ここからいざ天守内へ。入城料は大人360円。天守内部は歴史資料館となっています。入口には松前家家紋の「丸に割菱」が掲げられています。武田菱のように思えるのも当然で、松前氏1世の信廣は源頼義を先祖とする武田氏の一族なのです。甲斐武田氏、安芸武田氏、若狭武田氏はいずれも滅亡したが、松前氏系統は長く存続します。...

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松前城① ~さくらの里の百名城~

日本百名城の一つ・松前城。根室半島チャシ跡群を除くと、全国でも飫肥城と双璧をなす訪れにくい百名城であるように感じます。函館から延々と車を走らせ、ようやく松前町の中心地に到着。すると町の中心にある小高い丘の上に天守の姿を発見。多少語弊があるかもしれませんが、北海道に来て初めて遭遇したいわゆる「日本式城郭」です。...

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白神台場 ~北海道最南端の台場~

白神岬の西側すぐのところにある白神岬灯台周辺に、白神台場が築かれていたといいます。白神岬灯台訪問時は立ち入り禁止で閉鎖されていました。灯台とその関連施設は、現在見学はできないようです。...

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北海道最南端 白神岬

北海道の岬というと、宗谷岬や納沙布岬、あるいは襟裳岬あたりがよく知られていますが、この岬のことを知っている人はどれくらいいるでしょうか。北海道最南端 白神岬北海道最南端の岬であるにもかかわらず、なぜかこの白神岬の知名度は低いようです。かくいう私も、訪問前まではこの岬の名称を認識していませんでした。ちなみにこの岬、R228沿いにあり駐車場も完備されていますが、西側(松前町方面)から向かう場合、トンネル(...

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穏内館 ~道南十二館の一つ、完全湮滅~

5月8日、北の大地の旅4日目。天気は晴れ。黄砂は4日連続で飛来していますが、状況は前日よりかなり改善しています。飛散のピークは昨日だったようです。この日は朝の準備や調べものに手間取ったこともあり、函館市内のホテルを出発したのは午前10時ごろ。出発の遅れを挽回すべく、松前方面を目指してR228をひた走る。函館湾沿いではやや交通量があったものの、木古内~福島間は驚くほど交通量が少ない快走路で、ストレスフリーのド...

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湯倉神社チャシ ~湯の川温泉発祥の地~

この日最後の訪問地。函館の湯の川温泉街の中心地そばの丘陵がかつてのチャシ跡であるといいます。現在その丘陵の上に湯倉神社が鎮座していることから、おそらく便宜上、湯倉神社チャシと呼ばれています。湯倉神社参拝者用駐車場があります。...

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弥右衛門川館 ~志苔館の支館「のろしば」~

与倉前館の西方約500mに弥右衛門川という小さな沢があり、国道には同名のバス停があります。そこから海側へ沢沿いに少し降りた付近の丘陵先端部分に築かれたのが弥右衛門川館であるといいます。...

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与倉前館 ~志苔館の支館~

志苔館から西へおよそ1.2km。国道沿いにある根崎保育園の裏側(海側)周辺が与倉前館の跡地という。場所は北の遺跡参照。与倉前館は志苔館の支館(支砦)で、志苔館主小林良景の弟・政景が在館していましたが、永正9年(1512)志苔館・宇須岸館とともにアイヌによって攻め落とされ、そのまま廃館になったといいます。...

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志苔館② ~コシャマインの戦いで落城~

本郭内へ進みます。内部はかなり広く、周囲を土塁で囲まれています。柵跡の遺構の平面表示奥に見える石碑は館主小林氏の頌徳碑。...

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志苔館① ~道南十二館の一つ~

大船遺跡からR278バイパス尾札部道路~r83で山越えをして一気に亀田半島南岸へ。18時近くになりだいぶ陽も傾いてきましたが、まだ探索可能なのが日の長い季節の有利な点。本日一番期待の志苔館(しのりたて)に向かいます。志苔館は、北海道函館市に所在する中世城館跡。小林氏によって築かれたとされる道南十二館のひとつ。国の史跡に指定されている。道南十二館(どうなんじゅうにたて)は、蝦夷地(後の渡島国、現北海道)渡島...

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相模足柄を巡る旅

関東圏であまり探訪できていなかった地を巡る旅。第2弾は神奈川県の足柄・小田原方面。この記事でも書いている通り、神奈川県はこれまで小田原城ほか片手で数えられる程度の城しか訪れておらず、関東圏では一番の穴場の県でした。丸山城足柄方面への経路上にあったためついでに立ち寄り。...

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大船遺跡

彦澗台場からR278を恵山岬方向へ。本日の宿営地である函館市街へ向かうには、大沼経由でR5に復帰するルートと、このまま海沿いを走り恵山国道~r83で山越えするルートがあります。できるだけ海沿いを走りたかったので後者のルートを選択。交通量の少ない海沿いの快走路を走行します。 空も青さが戻りつつあり、黄砂のピークは過ぎ去ったかなと安堵していたところ、旧南茅部町の大船地区にて突如この案内看板を発見。国指定史跡 ...

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彦澗台場 ~噴火湾の入江を見張る~

砂原陣屋からR278を東へ進み、渡島砂原駅前を越えさらに1キロほど東進したところに築かれていたのが彦澗台場です。 彦澗台場跡は現在「ハマナス台場公園」として整備されています。駐車場有。アスレチック施設やテニスコートなどがある「ハマナスグリーンパーク」も隣接しているので、家族連れも楽しむことができそうです。...

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砂原陣屋 ~東蝦夷地南部藩分屯所~

ヲシャマンベ陣屋探索後、R5大沼国道をひたすら南下。一桁国道とはいえこの区間は交通量が少ないらしく、たまにいるチンタラトラックも一瞬でパスできる快走路。正面遠くに見える北海道駒ケ岳が徐々に大きくなっていく様を眺めながら快適ドライブを楽しみます。その北海道駒ケ岳の麓でR278に入り砂原方面へ。南部藩の出張陣屋の一つ・砂原陣屋。旧砂原町の中心部近くに築かれました。R278を西側から進むと、道の駅や町役場支所を過...

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ヲシャマンベ陣屋 ~1年で廃された南部藩陣屋~

カムイチャシを後にし、R37胆振国道に復帰。続いて長万部方面へ向かいます。R37は静狩トンネルを境に長万部側に入ると胆振国道から静狩国道へ名称を変えます。しばし山側の経路を取っていたR37はここで再び海沿いに出て、起点である長万部につながります。二桁国道(旧一級国道)で起点が郡部であるというのは珍しいケースです(道路愛好家的蘊蓄)。目的地であるヲシャマンベ陣屋は、長万部町の中心部北西の小丘陵突端の微高地に...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日欠かさず生野菜摂取中。
© 2010 城館探訪記

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