記事一覧

大宰府政庁 ~古都の光~

太宰府市にある大宰府政庁。だいぶ日も暮れてしまったので、本日の探訪はここで締めて宿泊地のホテルへ向かおうと考えていたのですが。・・・?何やら様子がおかしい。やたら近辺に人通りが多い。浴衣を着た人もちらほらと。この時間帯に史跡を見に集まる人などまずいないだろうし。おまけに政庁の駐車場は使用不可の張り紙とロープが。誘導員までいるありさま。「第9回太宰府古都の光」原因はこれか。...

続きを読む

原八坊 ~足利尊氏再起の地~

岩屋城から山を下る途中、道が大きく右カーブを描くあたりで標識を発見。いかにも史跡臭が漂っていたので車を停めて確認してみる。原八坊跡とあります。これはいったい・・・...

続きを読む

岩屋城 ~嗚呼壮烈~

岩屋城といえば、かの有名な玉砕戦があったところで知られます。築城は天文年間(1532年 - 1554年)に大友氏の武将・高橋鑑種と伝えられ、立花城と共に大友家の筑前支配の拠点であった。しかし、高橋鑑種は主君・大友宗麟の傲慢な振る舞いに憤り、反旗を翻したために城を逐われ、大友家の宿老吉弘鑑理の二男鎮種が高橋氏の名跡を継いで「高橋鎮種」と名乗り宝満・岩屋の両城主となった。天正13年(1585年)、立花城主立花道雪の死去...

続きを読む

大野城③ ~大野山 霧立ち渡る ~

大野城の築かれた四王寺山の地形は特徴的で、中央部分が浅く窪んでいて、浅い皿を乗せたような形をしています。その南側の「皿の縁」にあたる部分に太宰府口城門は築かれました。大野城のメインゲートであるこの城門は、太宰府政庁と同じ形式の瓦が使われていたといいます。発掘調査の結果、城門建築や両袖石積みの変遷が明らかになりました。城門は、最初に掘立柱形式の建物が建てられ、次に礎石形式へと大きく建て替えられていま...

続きを読む

大野城② ~大陸からの侵攻に備える~

斉明天皇6年(西暦660)、朝鮮半島では日本の友好国百済(くだら)が唐・新羅(しらぎ)連合軍によって滅ぼされました。日本は百済を救うために大軍を派遣しましたが、天智天皇2年(663)、白村江(はくすきのえ)の戦いで大敗し、日本軍は撤退しました。以後、唐・新羅の侵攻に備えて、国防体制の充実が急がれ、大和朝廷は太宰府を防衛するために、天智天皇3年(664)水城(みずき)を築き、翌年の天智天皇4年(665)には、亡命百...

続きを読む

大野城① ~日本最古の山城~

福岡城を後にしたのが16:00。福岡入りした時間はだいぶ遅かったものの、ここまでは速歩・強行戦術を駆使しいいペースで進んでいます。しかし福岡中心街で渋滞にはまり、市街地を抜けるのにかなりのタイムロス。次なる目的地はこちらも100名城の一つである大野城。ただの山城なら多少薄暗くなっても探索可能ですが、100名城スタンプを入手するにはそれとは別に設置施設の閉館時間を考慮しなければなりません。スタンプは複数の施設...

続きを読む

鴻臚館 ~古代迎賓館~

福岡城編は終わりましたが、追記しておかなければならないことがありました。国指定史跡・鴻臚館の存在についてです。福岡城三の丸にて。発掘調査中の表示あり。...

続きを読む

福岡城④ ~影の薄い巨城?~

天守展望台では、ガイドが団体客に対し例のタブレットを使った解説を行っていました。少しのぞき見をすると、特定の場所での復元CGが表示され、現状と見比べることもできるみたいです。時間の関係もあるので天守台を後にします。埋門跡。...

続きを読む

福岡城③ ~幻の大天守~

 天守台への入口となる「鉄御門」は、要衝の門にふさわしく、敵の侵入を防ぐために幅が狭くなっています。実戦的には天守台への入口を狭くしたところで戦局への影響はないでしょうが、この城の特徴的な遺構なので必見ポイントの一つになっています。...

続きを読む

福岡城② ~福岡城物語~

福岡城は福岡市中央区に位置する梯郭式平山城である。普請奉行は野口佐助一成である。城地とされた福崎丘陵(那珂郡警固村福崎)は、博多と那珂川を挟んだ西側にある。主に、本丸を囲むように二の丸、その外に大きく三の丸が配され、47の櫓を配し縄張りの範囲は約25万平方メートルに及ぶ。東側に那珂川を以って堀とし、また西側の干潟「草ヶ江」を大堀として活用した。この大堀は現在大濠公園として整備されている。城下町は城の北...

続きを読む

福岡城① ~黒田52万石の居城~

1600年(慶長5年)、黒田長政は関ヶ原の戦いで戦功を上げ、徳川家康より52万3千石を与えられ、豊前国中津(大分県中津市)から筑前国(福岡)に移り、福岡藩初代藩主になりました。長政は初め、名島城(福岡市東区)に入りますが、狭く、城下町も作れないため、福崎(旧那珂郡警固村・現舞鶴公園)に1601年(慶長6年)から7年の歳月をかけて、総面積80万㎡(24万坪)、東西1km、南北700mの全国でも有数の規模の平山型の城を築城しました。城名は...

続きを読む

名島城 ~小早川隆景の居城~

2014年9月21日。九州遠征1日目。九州一周城めぐりの旅、第一弾を飾るのは筑前・名島城です。当初の予定では午前中の早い時間に福岡入りをして立花山城ほかも訪問予定でしたが、さすがに群馬から九州まで車で移動するのは遠かった。圏央道から新東名~新名神とぶっ通しで走破した結果、体力と思考力を極限まで消耗し吹田JCTで中国道に乗り損ねるというミスをやらかす。その時点で福岡までの行程のまだ半分。古賀ICに辿り着いた時の...

続きを読む

長岩城弓形砲座について思うこと

2014年9月28日、念願だった長岩城の弓形砲座へ到達することができました。周辺住民以外でこの名を知っている人は、それだけで十分城めぐり上級者といえるでしょう。そしてこの名を知っている人は同時に、そこまでの到達難易度というものも伝え聞いているのではないかと思います。ネット上で検索すると、この弓形砲座への道は危険を極めることがわかります。その到達難易度の高さは、数千城の登城経験をもつ城めぐり界の大御所たち...

続きを読む

九州一周

九州は広い。先の四国横断の旅では移動距離が長いとは全く感じなかったため、2倍以上の日程を組めば九州一周もできるだろうと考えていたのですが、後半は高速道のワープを多用しないととても間に合わない日程でした。岩手一県の面積に近い四国(しかも北半分だけ)と九州全域とでは比較にならない移動距離の差があるのは考えてみれば当然なのですが、実際経験しないことには体感はつかめません。 → 鹿児島、宮崎に初上陸。福岡、...

続きを読む

カテゴリ

プロフィール

KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日生野菜摂取しないと死ぬ。
© 2010 城館探訪記

フリーエリア

にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ
にほんブログ村

Twitter

スポンサーリンク

カレンダー

09 | 2014/10 | 11
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

メールフォーム

お問い合わせはこちらからどうぞ

名前:
メール:
件名:
本文: