記事一覧

茶臼山砦 ~金山城最北の支砦~

太田金山城を本拠とする由良氏は急速に勢力を伸ばし、ついに北に接する名族桐生氏の領域を脅かすに至ります。その由良氏が八王子丘陵の茶臼山に築いた砦が茶臼山砦です。由良氏からすると北方の最前線の砦であり、桐生氏からすると本拠そばに築かれた目障りな砦です。今回の記事は金山城北の砦の続きの話になりますので、そちらも見てもらうと流れが掴みやすいと思われます。1年半前の記事の続きなので、これまでのルートのおさら...

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富士浅間の砦② ~超絶藪地獄~

その①前回ラストの平場。ちょうど頂上から左右に延びる尾根に挟まれたような場所になります。頂上へ登るにはどちらかの尾根に取り付くのが常道です。まず左手側の尾根(西尾根)に進んでみたものの、藪と灌木に遮られNG。右手の尾根(南尾根)も藪がぎっしり。さてどうしたものか。...

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富士浅間の砦① ~名胡桃城の狼煙台~

某年10月。ふと、かねてより気になっていた砦を攻略してみようと思い立つ。その砦とは、名胡桃城の項で少し触れた富士山狼煙台。名胡桃城から見た富士山狼煙台(再掲載)。旧文化財情報システム(現在はマッピングぐんまへ移管)や当時の現地資料では富士山狼煙台の表記でしたが、「中世城郭調査報告書」には富士浅間の砦という名称で記載されており、最近の現地資料でもそのように紹介されているようなので、以下本項もそれに習い...

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神成城③ ~神成山九連峰~

その②腰郭らしきを越えると、いよいよ頂上です。到着。ここは神成山九連峰の中でも主要なピークである龍王ピークと呼ばれるところ。城郭大系には御嶽山と記載されているところで、極めて独立性・要害性が高く、この山だけを単独の御嶽山砦と捉えることも可能です。...

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神成城② ~宮崎城の要害城~

その①宮崎の本城と神成の要害城からなるこの複合城郭は、国峰城に次ぐ小幡氏の第二城で、関東に転封となった徳川家康は奥平信昌を三万石でここに封じたが、信昌は慶長六年(1601)美濃の加納に移封となり、城は廃された。(城郭大系参照)岩場を過ぎると鞍部に到着しますが、鞍部到着直前のこの道。前後左右方向に傾斜しています。帰路、ハイスピードでここを駆け降りたところ、勢い余ってカーブで危うく外側の谷に吹っ飛びそうに...

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神成城① ~延喜式宇芸神社~

宮崎城の詰の要害城にあたる城・神成城。数年前の春先に登城した城で、富岡アルプスとも呼ばれる神成山連峰に築かれています。地形図。オレンジのラインが神成城のおおよその城域(城郭大系の縄張図参照)。宮崎城の項でも紹介していますが、西中学校の裏側からハイキングコースが始まっており、そちらから進攻するのがセオリーとなっています(A地点)。若干のアップダウンはあるもののコースは整備されていて歩きやすく、またス...

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山王屋敷 ~「城館探訪中です」~

高崎市史No.55華王寺館の南150mほどのところにある中世城館。猿田屋敷とは小流を挟んで西側に対峙しています。図面を見ると3つの区画に分かれているようです。複郭の縄張りですが防御面に技巧性があるわけではなく、単に複数の環濠遺構の共同体といった方が近いように思えます。この3つの区画を便宜上北郭・中郭・南郭としてみましょう。中郭から見た北郭方面。よく見ると段差があり、図面の区画ラインが浮かび上がってきます。...

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猿田屋敷 ~円形屋敷~

高崎市史No.561987年の発掘調査で発見された中世屋敷。西島町の西端、小流を挟んで山王屋敷と対峙する場所にあります。その小流。これを境に西側が新保町、東側が西島町。...

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華王寺館 ~環濠屋敷跡~

高崎市史No.54「華王寺」井草屋敷の探索を終え、次の目的地は同じ新保町内にある華王寺。同じ地区内とはいえ若干距離が離れていたので、車で向かうことに。新保町第一住民センターに戻って自転車をプリウス号に積み込み、出発。南へ進みほどなくして到着した華王寺入口。トラックが道を塞いでいたので車は手前で路駐する羽目に。...

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群馬への道

この写真を見たことのある方はいるだろうか。GUNMAとの国境地帯をとらえた貴重な資料である。この写真の場所は国防上重要地点であり、到達ルートなどはレベル3の機密事項である。にもかかわらずこの場所まで辿りつこうと試みた命知らずの一般人がいた。外部の人間にとって情報を得ようとするだけでも危険が伴うのに、よくここまで調べることができたものだ。...

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井草屋敷 ~環濠遺構群④~

高崎市史No.51「諏訪環濠集落」日高大下環濠遺構群のすぐ東隣りにあり、東は染谷川に限られ、それに接していくつかの環濠が想定されています。中心となるのが井草氏の屋敷で、80m×60mの郭と、その北に接する80m×50mの郭からなっており、さらに外郭もあったようです。図面にもある特徴的な水路の「折れ」部分。この周辺も例によって開発が盛んな区域ですが、注意深く見ると水路の形状は資料の図のとおりとなっています。...

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日高大下環濠遺構 ~環濠遺構群③~

高崎市史No.48「日高大下環濠遺構群」下日高の諏訪神社西北から東京電力群馬変電所の辺り一帯には、かつて二重濠の遺構二ヶ所と環濠遺構らしきもの一ヶ所が確認されており、それらをあわせて日高大下環濠遺構群としています。ただし、現在では遺構は残っていないとのこと。上新保環濠遺構群から西へ進み、染谷川を渡る。この橋の上流で取水が行われているため、下流側は一気に水量が減少しています。...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日生野菜摂取しないと死ぬ。
© 2010 城館探訪記

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