FC2ブログ

記事一覧

第38回 「平家にあらずんば人にあらず」

「何かを成し遂げるためには、憎まれる事をいとわぬ覚悟が要る」(清盛) 目的のためなら手段を選ばない、そんなダークサイドヒーローの面が前面に出てきた最近の清盛。 一言でいうと、そう。 「生き急いでいる」 相変わらず全くぶれずにしょうもないことに夢中になっている後白河法皇、清盛とのとんち合戦。 「この海の如く果てしのない、我が心の内より湧いて出る野心。これより大きなもの、この世にあるとは思え...

続きを読む

第37回 「殿下乗合事件」

アイヤイヤーの中国商人、どことなく外国の血が入っていそうな藤原秀衡、赤装束の禿軍団(少女かと思ったら少年だった)らの登場。 このところずっと胃を痛めている重盛、信西が編纂した歴史書『本朝世紀』を西光から借りて読みふける。 妻・経子との夫婦仲が良好なのがせめてもの救い。 今回の主題「殿下乗合事件」。 摂政様相手に輿を降りない資盛。 「かまわぬ。私は平家の棟梁の子、相国入道の孫ぞ」って、そりゃ駄目...

続きを読む

第1次北東北遠征 目次

これまでほとんど訪れていなかった北東北3県の地を巡る今回の旅。丸2年ぶりくらいに純粋に城攻めを楽しむことができました。訪れた城館は以下の通り(訪問順)。...

続きを読む

お知らせ

9月末のこの時期、例年恒例となっている遠征に出陣するため、今年も一週間ほど消えます。平清盛 第37回「殿下乗合事件」の感想は来週の土曜か日曜に掲載予定です。...

続きを読む

箱崎城 ~藪に沈む~

旧新治村役場の背後、西方より続く台地の先端が鉤形になっている部分に築かれたのが箱崎城です。城の西から南は須川川が流れ天然の堀となっており、城の東で赤谷川と合流します。そして赤谷川沿いには三国街道が続きます。要害地形と交通の要衝を上手く抑えた立地といえます、天文10年(1541)以後、布施の地侍衆原沢大蔵が守り、森下又左衛門が城代をつとめたこともある。(「須川記」参照)ちなみにこの城、ネットで登城記を掲載...

続きを読む

名山城 ~松井田・安中繋ぎの城~

安中市郷原にある名山城。碓氷川・九十九川の間が最も狭くなったところを抑えて築かれており、城主は安中氏。松井田城・安中城のつなぎの役割の城とされています。訪城は2009年。当時は(たしか)ネット上に登城記は無く、文化財情報システムの地図を頼りに現地へ。近くに「カヤ工業」という工場があるのでそれを目印にするとよいと思います。城への登り口がわからず、とりあえずシステムで城表示のある山の北側へ。この写真左手奥...

続きを読む

萩の城 ~前橋藩主の位牌寺~

「前橋市史」や「群馬県古城塁址の研究」に記載があるものの、城主等詳細は不明。前橋市昭和町にある森厳寺付近が城址。文化財情報システムにも表示があります。森厳寺。城郭大系には三方に堀跡があるというが、完全消滅しています。(あるいは道路になったか)...

続きを読む

下斎田城 ~現役の水堀~

高崎市史No.1292009年春訪問。築城者は田口氏。現在も子孫の方が住まわれています。場所はR354八幡原町交差点北側。文化財情報システムを参考に現地に向かうも、例によってシステムの表示箇所がずれている。システム表示箇所を一生懸命観察しても、どう見ても新興住宅街にしか見えない。ふとすぐ隣の区画に目をやると、立派な水堀に囲まれたお宅があります。こちらが戦国時代の下斎田城の本郭部分になります。縄張図を見ると当時...

続きを読む

第36回 「巨人の影」

21時からバイオハザードⅣを見ていたため記事が遅れました。 さて、私は戦場で雑兵がワーなんてやってるシーンよりも様々な心理描写や駆け引きが見られるシーンの方が好きだと以前述べましたが、そんな私にとっては前回(第35回)と今回は非常に楽しめる内容となっています。 ◎平重盛(窪田正孝) 一門の中での孤立感、成親・経子(高橋愛)との関係、板挟みの苦悩、清盛の影・・・ 生真面目で真っすぐな今作の重盛に、果た...

続きを読む

八幡原館 ~安達盛長の館~

高崎市史No.131引き続き、2009年春に探訪した城館の掲載。遺構は残るが表示物がないため、これまで掲載を見合わせていた城館群です。八幡原館は上野国奉行人(守護)の安達氏の館と伝えられています。初代は鎌倉幕府創業の功臣・安達藤九郎盛長。現在放送中の大河でも塚本高史さん演じる藤九郎が登場していますね。源頼朝が挙兵した際、新田義重は自分こそ源氏の嫡流であるとしてこれに従わず、上野国寺尾に独自に兵を集めます。の...

続きを読む

稲荷城② ~変形五角形土塁~

その①虎口から入城すると、土塁に囲まれた平場に出ます。ここが主郭内です。館を建て生活するには充分の広さで、有事の際にもそこそこの兵力を駐屯させることができそうです。一つ残念な点は、ここにも城址碑・標柱・説明板といった表示物の類がまったくないこと。...

続きを読む

稲荷城① ~吾妻氏在城~

吾妻太郎助亮が建久年間(1190~99)に居住していたと伝わる。その子助光も居城したというが、承久三年(1221)の承久の乱に際して宇治川で討死し、同族の下河辺行家が吾妻氏を継承した。行家の子・吾妻庄司助行重もまた稲荷城に住んだと伝わる。また吾妻四郎助光が宇治川で戦死した後、吾妻氏の実権は家臣の大野・塩谷・秋間三家に移ったが、大野憲直の時、塩谷・秋間両氏を圧倒して岩櫃に新城を築いて移ったという。(城郭大系等...

続きを読む

第35回 「わが都、福原」

ドラマとして見どころの多い、いい回でした。 こういった回を初期から続けていれば一般人受けももっと良かっただろうになあと。 まあ今回は以前からの積み立てがあっての面白さではあるのですが。 私的には序盤の朝廷パートがあんまりよろしくなかったですね。あれが好きだった方には申し訳ないが。 璋子得子パートとか清盛とほとんど何の関係もないし。 ◎平頼盛(西島隆弘) 頼盛劇場の今回。参議就任が遅れているこ...

続きを読む

麻場城③ ~不思議な土塁~

その②二郭西側。こちらにも虎口があります。...

続きを読む

麻場城② ~「常山の蛇」陰の城~

その①400mを隔てた麻場・仁井屋両城からなる典型的な別城一郭の城であり、その拠る所は孫子の「常山の蛇」である。高崎城では一城内にそれが具現され、ここでは二城間にそれが成立している。武田信玄が風林火山の旗を翻して戦ったように、孫子の思想が武将・築城者を強く指導していたことがうかがわれる。『関東幕注文』中の小幡道佐は、「生島足島起請文」中にも現われ、麻場城近く墓のある白倉道佐のことであって、白倉氏は小幡一族...

続きを読む

麻場城① ~上州八家・白倉氏居城~

麻場城は、甘楽町の東北丘陵地帯の舌状台地上の先端部に立地した丘城である。当城は、この地の豪族白倉氏の居城であり、約500m東方にある仁井屋城と合わせて白倉城と呼ばれ、別城一郭(双子城とも言って、二つの城が一人の城主のもとに相助けて戦う構造)の形態といわれている。(甘楽町HP参照)城マニアの間ではそこそこ知名度のある麻場城。城主の白倉氏は上州八家(小幡・白倉・安中・倉賀野・桐生・由良・山上・沼田)の一つ...

続きを読む

第34回 「白河院の伝言」

・伊豆組 清盛危篤の報を受ける源頼朝(岡田将生)。廃人度数が進み、目が逝っちゃってる。 ・摂関サイド 摂政基房(細川茂樹)、右大臣兼実(相島一之)には以仁(柿澤勇人)と八条院暲子(佐藤仁美)が接近。高笑いをする基房らの中で、一人笑わない兼実の真意は一体。 Purchase and enjoy MagabloSM! This content is a MagabloSM (pay-to-view). Purchase this content to continue to read! W...

続きを読む

カテゴリ

プロフィール

KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

フリーエリア

Twitter

スポンサーリンク

カレンダー

08 | 2012/09 | 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

メールフォーム

お問い合わせはこちらからどうぞ

名前:
メール:
件名:
本文: