記事一覧

丹生東城 ~再び埋もれてしまった~

時は平成21年の冬。富岡市にある丹生城(個人的には富岡市で一番のおすすめ城郭)の麓に新たに説明板が設置されたという情報を聞きつけ訪問した時のこと。これがそれ。(平成21年10月設置の説明板)...

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上野城 ~鎌倉期からの土塁か~

城郭大系で上野陣屋、甘楽町史では上野蔵屋敷とされているところ。「箕輪軍記」で名前の見られる上野城とはこの城のことであるともいわれていますが、確証はありません。場所は甘楽町上野にある今宮寺の北東。文化財情報システムでは上野公民館の南側に印が付いていますが、実際は公民館の北側にあたります。あのシステムの地図表示には誤差があることがしょっちゅうですので注意のこと。多少は現地で臨機応変に探索することが求め...

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仁井屋城 ~「常山の蛇」陽の城~

故に善く兵を用ふる者は、譬(たと)へば率然の如し。 率然なる者は、常山の蛇なり。 其の首を撃てば則ち尾至り、其の尾を撃てば則ち首至り、其の中を撃てば則ち首尾倶(とも)に至る。(孫子・九地より)...

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椿山砦 ~かつては古墳か~

たびたび出てくる箕輪城の案内図。南西部分にある丸戸張砦は前回紹介しましたが、今回は右下(南東)部分に注目。...

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館林城② ~タヌキの集団?~

2009年冬、館林方面探索の時の記録。一応その①の続きです。さて、広場を抜けて市役所庁舎へ辿り着くと、そこには異形の集団が・・・!?...

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今井城 ~大胡の支城~

今井城は大胡城の支城であり、斎藤氏が在城していた。斎藤氏は大胡氏の家臣と思われます。別の説では、木曽義仲の重臣今井四郎兼平の居城であったともいわれています。あるいは当初今井氏が築いた居館に、のち斎藤氏が入った可能性もあります。場所はR50が荒砥川を横切る北側400mほどのところ。文化財情報システムを参照のこと。...

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永泉寺砦 ~甲越相争う渦中の主~

高崎市史No.123高崎市倉賀野町にある永泉寺。天正元年(1573)、倉賀野城主・金井淡路守が開基、自らの菩提寺にしたのが始まりと伝えられています。(倉賀野城址にある説明板)同時にここは城砦としての機能もあり、倉賀野城の北を守る支城としての役割を担っていました。城郭大系や文化財情報システムにも永泉寺砦の記載があります。...

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丸戸張砦 ~巨大馬出?~

箕輪城の案内図から。この案内図自体は城内の各登城口など数か所に設置されているので、どの図を見てもらってもかまわないのですが、城の西南部、大手尾根口の先に「丸戸張」の記載があります。実はこれも砦の跡です。...

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関東古戦録ほか

先週の休日に、久しぶりに本屋に行った際に見つけた本。つい購入してしまった。...

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県内城館攻略状況

週末になりました。ようやく記事作成の時間がとれます。と言っても今日は疲れたので簡易更新。...

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赤石城 ~二つの赤石城~

那波氏所属の赤石左衛門尉によって大永年間(1525頃)に築かれたとされる。神沢川とその支流に挟まれた舌状台地の末端に四郭を並べて築かれ、北から二番目が本丸である。(城郭大系より抜粋)場所は前橋市飯土井町のr74沿い、伊勢崎市との境界近くにあたります。文化財情報システムの地図に記載あり。...

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松山城 ~北条氏、吾妻攻略拠点~

松山城といえば、近世城郭である伊予松山城・備中松山城が全国的にも名高いところです。中世城郭フリークなら、それらと同時に武州にある同名の城を想起するかもしれません。もちろん今回紹介の城はもっとマイナーな城です。それら有名な城の紹介は、また後ほど。さて、この城は箕輪城の最大支城である鷹留城から派生する台地の先端部分に位置しています。大系の記述によれば、天正10年に大戸城を落とした北条氏によって築かれたも...

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飯塚城 ~和田城北の出城~

高崎市史No.57上飯塚城・北城とも。下之城 ・大類城とともに、和田城(高崎城の前身)の三方に配された支城の一つとされる。方100mで二重構えの構造であったという。文化財情報システムの地図より、高崎市飯塚町の常福寺周辺が城域であるようです。この近辺は道が狭いので注意。...

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満勝寺砦 ~隣接する砦の関係は?~

高崎市史No.19-2北新波砦でも少し触れましたが、隣接している満勝寺が満勝寺砦の跡で、かつては土塁と堀を巡らせ城塞化していました。北新波砦の項に場所の記載がありませんでしたが、高崎市北新波町の長野小のすぐ北にあります。...

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住吉城 ~箕輪勢、若田原へ出陣~

高崎市史No.12別名仲村城。長野氏家臣・住吉玄蕃によって築城、その後清水正智が在城。烏川と榛名白川の合流地点に築かれた要衝の地で、箕輪城の南を守る支城の一つです。武田信玄による最後の箕輪城攻めで、正智は主君長野業盛に殉じたとされ、箕輪落城によって住吉城も廃城となったと思われます。 文化財情報システムより、場所は高崎市沖町の郵便局の裏手とわかります。郵便局の駐車場を少し拝借。...

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新居屋敷 ~新居主税助の屋敷~

城郭大系に「新居主税助の屋敷。60m四方の単郭の小堡」と記載されている新居屋敷。この新居氏についての詳細は不明ですが、桐生氏(あるいは由良氏)の家臣の一人と思われます。文化財情報システムによると、場所は桐生市堤町2丁目、丸山麓の白髭神社一帯とあります。...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日生野菜摂取しないと死ぬ。
© 2010 城館探訪記

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