記事一覧

八木原城 ~小学校・・・~

沿革不明の城。文化財情報システムによると、渋川市八木原の古巻小学校がかつて八木原城があったところとされています。...

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仁居谷城 ~白井城の出城~

平日は時間がないので公開が簡単な城の在庫処理。これまでの続きの長野原城については、週末までお待ちください。...

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長野原古戦場

柳沢城から長野原城へ向かう途中、右手の神社に「長野原合戦」と書かれた碑があったような気がしたので急遽立ち寄り。...

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柳沢城 ~丸岩城の里城~

別名横壁城。南東1kmにある丸岩城の里城であり、東西二郭から成る一城別郭の城。山の上に築かれた山上部と、その麓に築かれた丘城部とに分かれているようです。丸岩城にて大ダメージを負いつつも、探索は続行(笑)須賀尾峠より草津街道を下っていくと、明らかにそれらしい地形を発見。...

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丸岩城② ~天嶮の岩峰~

丸岩城は草津路の要衝須賀尾峠を押さえる城で、北西麓1kmにある柳沢城の要害城である。天正十年(1582)武田勝頼の滅亡により大戸城を攻略し、須賀尾峠を越えて長野原進出を企画する北条勢に対して、真田昌幸は湯本・西窪・横谷・鎌原の西吾妻諸将を交代で駐留させている。上杉景勝が岩井備前守に宛てた書状に、天正十二年(1584)三月二十六日、信州高井郡の地侍・須田信正、市川信房が羽尾源六郎を助けて三原(長野原城)、丸...

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丸岩城① ~標高1124mの超要害城~

こつこつと過去の登城記を記事にしているものの、いつまでたっても在庫処理のめどがつかず。当時の記憶を思い起こすだけでもかなり気力を消費しているような。数年前の登城記を延々と記事にするのも飽きたので、全国的に広範囲で雨模様だった昨日8月20日、久々に新規登城を行いました。考えてみたらおよそ6カ月ぶりの城攻めになります。夏に山城に向かうなどセオリー無視ですが、この日は朝から8月とは思えないほど涼しかったので...

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上芝砦 ~附・旧下田邸書院及び庭園~

箕輪城の支城の一つで、長野氏家老・下田氏が在城。永禄9年(1566)の箕輪城攻防戦の際、上芝砦城将の下田昌勝は奮戦したものの力及ばず、若き主君長野業盛とともに自害して果てます。下田氏の後裔は江戸時代に代々安房勝山藩・白川陣屋の代官をつとめ、その屋敷跡はかつて上芝砦があった場所に現在も残っています。...

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生原砦 ~古墳2基残存~

生原の内出とも。大系によると道寺則兼が居住していたとされています。箕輪城の支城の一つとして長野氏により築かれたものと思われますが、永禄9年(1566)の箕輪城攻防戦の際は武田方の陣所として使用されたといいます。現在生原北野神社の境内となっている一帯が城域です。...

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東明屋砦 ~箕輪の出城~

大系には東明屋の内出の名称で記載されています。それによると箕輪城搦手に近いところにあるものの、遺構は見られないとありますが、果たして。...

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松之沢砦 ~琴錦のふるさと~

2年前の春、花見がてら箕輪城に再訪した時のこと。この日はついでに旧箕郷町の城館めぐりをしようと思っており、珍しく事前調査に力を入れる。結果いろいろと城館をピックアップできたものの、当時ネット上では箕輪城以外の情報はほぼ皆無状態。まあそんなのはいつものことと思いつつも、このあたりは箕輪城が有名すぎるために他の城館の存在感がなくなっていて、一種の空白地域と感じました。...

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榎下城 ~鶴巻の里~

別名鶴巻城。大永五年(1525)安中忠清が築いた。忠清の子・忠政が永禄二年(1559)安中城を築いて移るまで、安中氏の拠点として機能したという。安中市原市にある久昌寺一帯が城域です。R18原市交差点の北になります。...

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滝山城 ~氏照の居城・・・ではない~

滝山城というと八王子にある北条氏照の居城・滝山城(国史跡・名城百選選定)が有名ですが、そんなメジャー級の城郭はめったに取り上げません。もちろん今回も超マイナー城郭です。場所は安中市簗瀬にある聖明寺一帯。文化財情報システムにも位置はしっかり明記されているものの、それ以外の情報はネット上では例によってほとんど皆無。大系にも城の記載はあるものの、規模などが記されているだけであり沿革面は不明。碓氷川沿いの...

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八幡平陣城 ~首塚に葬られた犠牲者~

箕輪城主長野業正の死後、武田信玄は西上州進攻を本格化させます。八幡平陣城は信玄が安中城と松井田城を分断するために築いたもので、永禄5~7年(1562~64)両城が落城するまで機能していたと思われます。事前情報で八幡平の首塚というところの周辺が城域であることを確認。首塚は市指定史跡になっているのでだいたいの場所にいけばたどり着けるだろうと、いつものパターンで何となく出撃。...

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鷹ノ巣砦 ~板鼻城西の出城~

別名鷹ノ巣出丸。板鼻城の西側を守る出城の役割を担っていました。大系の板鼻城の項には、「板鼻宿沿い・碓氷川の北岸の高さ数十mの断崖を鷹ノ巣と呼び、その上には支砦(のろし台)がある」と記されています。場所は「鷹之巣橋東」信号のすぐ真北の断崖上で、崖上には鷹之巣神社があります。鷹ノ巣・鷹之巣・鷹巣と表記が統一されていないのが少し気になりますが、実際はどれも同じみたいです。...

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小丸田砦 ~板鼻城東の出城~

小丸田出丸、板鼻小丸田曲輪とも。江戸時代初期に里見讃岐守義高一万石の陣屋となったという。大系の巻末には砦として独立して掲載されていますが、板鼻城の項には出丸として縄張図に記載されています。いずれにせよ板鼻城の東を守る役割を担っていました。安中市板鼻にある聞名寺のすぐ北側が城域です。聞名寺の西に駐車場があります。...

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五覧田城② ~赤城裏街道を掌握~

展望台というだけあって、眺めは最高です。 東側の眺め。渡良瀬川の上流方向です。正面奥に草木ダム、右手の山は三境山。...

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五覧田城① ~御影石の産地~

今回紹介の五覧田城はみどり市にある山城。これまでに公開済みの城館を市町村別にみると、みどり市では高津戸城が50選入りを果たしており、今のところ50選への選定率は1/1。さらに隣接する桐生市を含め桐生広域圏全体で見ると、選定率4/4の100%、これはすごい!(単にそこそこ有名どころから先に掲載しているだけ・・・なんて言ったら元も子もない)今回も、この流れに続き50選入りを果たせるでしょうか。...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日生野菜摂取しないと死ぬ。
© 2010 城館探訪記

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