FC2ブログ

記事一覧

白川陣屋 ~安房勝山藩飛び地~

徳川幕府は、そのお膝元である関東にモザイク状に支配者を配しました。その際、白岩、富岡、西明屋をはじめとする近郷七か村は安房勝山藩・酒井氏の所領となり、遠方であるため白川に陣屋(役所)を置きました。代官は西明屋村の下田氏が代々務めました。(高崎市HPより) 箕郷町白川、白川集会所西の道路脇に説明板発見。...

続きを読む

中城 ~脚腰の神様~

藤岡市中地区にある光明寺の北側が中城の所在地です。光明寺も外郭として城域に含まれていたと思われます。大系によると、山内上杉氏に属していた在地領主である小野沢氏・小野里氏の居城とあります。大神宮山砦・三ツ木城などと同じく平井城の支城の一つだったのでしょう。後に武田氏、後北条氏に降ったようです。...

続きを読む

吉良上野介陣屋 ~当地では忠臣蔵禁物?~

忠臣蔵の敵役として有名な吉良上野介 。この吉良家の領地がここ白石にもあり、陣屋を置いて治めさせていました。領主吉良若狭守の正室が、伊香保温泉に湯治した帰途、この屋敷に滞在して、嗣子上野介義央を産んだと伝えられています。R254白石交差点から西へ進み、400mほど先の交差点を北折。飯玉神社前を左へ折れ、しばらく進むと標柱と説明板を発見できると思います。三ツ木城からだと、ケーキ屋さんの前の道を南へ入り道なりに...

続きを読む

三ツ木城 ~平井城北縁防御~

藤岡市三ツ木にある豊受神社が三ツ木城の跡地です。神社は県道から少し入りこんだ場所にあります。r174三ツ木公会堂の北側になります。県道沿いにあるケーキ屋さんを目標にした方がわかりやすいかも。...

続きを読む

高山館 ~世界遺産暫定リスト?~

児玉党高山氏が築いた戦時の城・高山城。攻略するのに苦労した城ですが、その南麓に平時の居館である高山館はあります。場所はr176沿い、興禅院の手前(東側)になります。ちなみにこの道(r176)をずっと奥へ進むと子王山城へと至ります。...

続きを読む

大神宮山砦 ~平井城の支城か~

大系にも記載されているものの、沿革が不明な砦。地理的要件から、平井城の支城の一つと考えられます。場所はR254本郷交差点の南西、庚申山総合公園に続く丘陵の先端部分にあります。芦田城とは目と鼻の先の距離になります。...

続きを読む

野田の内出 ~街道の宿場~

野田の内出は大系によると箕輪の支城であり、堀跡も残っているという。内出とは寄居や根古屋(根小屋)らと並ぶ中世城郭用語の一つですが、ここをご覧になっているような人は城好きの中でもマニアに属するレベルの人が多いと思われますので、説明は省かせていただきます。場所は吉岡町の下野田、華蔵寺と野田神社がある一帯です。平地ながら、ちょうど三国街道を抑える位置にあります。・・・の前に、漆原城からの道中、駒寄小学校...

続きを読む

漆原城 ~ざる観音~

箕輪の支城の一つ。以前小坂子城で紹介したページ(→こちら )に、五十嵐和泉守が小坂子の城主になる前に治めていた城として、漆原城の名が出ていました。文化財情報システムによると、場所は吉岡町漆原地区にある長松寺の北側一帯になります。ただし実際現地を訪れたところ、その表示場所だと要害性が皆無に近く、ちょっと表示がずれているのではないかと感じました。...

続きを読む

長塩屋敷 ~知られざる屋敷~

気が付いたら1週間以上城館の在庫処理をさぼっていました。嵩山城登城記の途中ですが、写真が多すぎて選ぶのが面倒なため、少し後回しにします。続きは必ず書きますが、1年後くらいになる可能性も・・・そういえばこの記事では七尾城・諏訪原城・米子城といった城を紹介すると予告していましたが、在庫整理を優先させるため公開はもう少し先になりそうです。申し訳ない。今年の3月以降新規登城は行っていないので、在庫が増えると...

続きを読む

嵩山城① ~天狗の住む「霊山」~

中之条町で史跡指定されている城は6つ。城峯城・山田城・桑田城・内山城・横尾八幡城・そしてこの嵩山城です。中之条町のメイン城郭なので、まずは概要おば。...

続きを読む

横尾八幡城 ~巧妙な囲郭式城郭~

中之条町に6つある史跡指定されている城のうちの一つ。 観光協会のHPには以下のような説明があります。城郭は珍しい囲郭式です。天正8(1580)年、尻高氏家老塩原源太左衛門と真田氏の家臣富澤豊前が交戦しました。その後、沼田街道の要害として富澤豊前・金子美濃守が守備しました。天正16(1588)年、真田昌幸の定めた勤番衆の「八幡山番帳」が残されています。 金子美濃守というと、騎馬もろとも断崖を滑り落ちて脱出したとい...

続きを読む

内山城③ ~ダイ・ハード~

ネットで情報集めをしていたら、この城を紹介しているページもいくつかありました。こちらのページ は沿革も詳しく参考になります。しかし「山の中、道なき道をひたすら上を目指して歩くので大変に危険。一人では行かないほうが無難です」との記載が。行く前に見とけばよかった・・・帰路、大堀切のところまで撤収したところ。あとはただ下山するだけ。下りは例によってかなりのハイスピードで駆け降りるのですが・・・...

続きを読む

内山城② ~真田幸隆攻略~

中世の中之条地区から吾妻奥地を経て信濃に向かう道は、沢渡・暮坂越えが本道であった。その山田川を越える地点を扼して築かれたのがこの城である。(城郭大系参照)現在では吾妻から信州上田方面へ向かう道は吾妻渓谷沿いのR145が主流ですが、中世では沢渡~暮坂峠ルートが本道だったとのこと。現在のr55のルートですかね。山田川というのは四万川のことでしょう。はじめ斎藤憲広に属する成田氏の城で、真田幸隆が永禄七年(1564...

続きを読む

内山城① ~仙蔵の要害~ 

中之条町に6つある史跡指定されている城のうちの一つ。別名仙蔵城。仙蔵の要害、千道の要害とも。四万温泉・沢渡温泉分岐点の国道崖上にある中世の屋根式並郭城跡で、土豪成田氏、折田将監の居城といわれ、永禄8(1565)年真田幸隆の嶽山攻撃に対城した史実(加沢記)があります。(中之条町観光協会HPより)中之条町の城を1日で十数城攻略したこの日、もう日が傾いているラストに、一番険しい城に突撃しました。この城の登城時点...

続きを読む

入道城 ~穴山入道の城~

中之条町の中でもかなり奥地にあるのが、穴山入道の城とされている入道城。穴山入道って、あの武田一門の穴山信君(梅雪斎不白)のことなんですかねえ。たぶん違うか。r55を沢渡温泉に向かって進みます。...

続きを読む

天狗山城 ~大系に無い城~

県文化財情報システムによると、R353~r55経由で沢渡温泉に向かうルートの途中、沢田小学校の西、下沢渡地区に天狗山城の表示が出ています。この城は城郭大系にも記述がなく、当然ネット上でも情報は皆無。構造も沿革も不明です。桑田城からr234を北上、上沢渡川を超えるとT字路に突き当たるので左折(r55入り)。そこから1kmほど先の右手の山です。...

続きを読む

桑田城 ~山田邑寺山要害~

中之条町に6つある史跡指定されている城のうちの一つ。中之条町観光協会のHPの記述を転記↓桑田(くわた)城址(寺山)(町指定史跡)◆平成6年12月1日・指定◆所在地 中之条町大字山田2181-1他 並廓式山城で、本丸は二段の腰曲輪を持ち、南下段中央に井戸跡があります。東北に低い土居、本丸西に2つの敦・3筋の堀切がある。 築城は延暦年間(782年~805年)、加沢記にも載る戦国時代岩櫃城の支城である。・・・2つの敦ってなんだよ...

続きを読む

カテゴリ

プロフィール

KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日欠かさず生野菜摂取中。
© 2010 城館探訪記

フリーエリア

Twitter

スポンサーリンク

カレンダー

05 | 2011/06 | 07
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

メールフォーム

お問い合わせはこちらからどうぞ

名前:
メール:
件名:
本文: