記事一覧

吉城 ~桑田城の里城~

ネット上で誰一人レポートしていない、マイナー城館の中でもさらにマイナーな城。大系によると桑田城の里城であり、善福寺周辺が城域であるという。文化財情報システムの地図とも一致しているので、場所の特定はしやすい。...

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中条城 ~伊勢の森~

新しい記事投稿エディタを使用して記事作成したところ、写真の上下に勝手に表示箇所が飛びまくって満足に文字すら打てなくなった件について。あまりにも使えないバグなので、しばらく使用を控えます。お試し版なので正規版では直っていることを期待。さて、今回紹介の中条城は岩櫃城の支城であり、大系では別名である吾妻城の名で掲載されています。文化財情報システムによるとR353上之町信号と枯木沢川の間一帯が城域のようです...

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城峯城 ~真田8城のひとつ~

中之条町にも多くの城館がありますが、その中で史跡指定されている城は6つあります。そのうちの一つがこの城峯城。こちらのページ に中之条町で指定されている史跡等の一覧が表示されています。上記HPより城峯城の説明抜粋。↓昭和63(1988)年3月26日指定◆所在地 中之条町大字西中之条 別名「新城」。真田8城のひとつ。天正10(1582)年6月本能寺の変後、湯本三郎右衛門(草津領主)から堪忍分として賜りました。のちに蟻川氏が...

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魔法少女まどか☆マギカ

2011年上半期アニメの最大の話題作である、魔法少女まどか☆マギカ。今回は内容ではなく舞台について。...

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和利宮城 ~和流の宮~

和利宮城は、戦国初期この地を治めていた吾妻三家の一つ、塩谷氏の館と伝わるところです。大系では和利宮館として掲載されています。ネットで調べると、中之条町の横尾にある吾妻神社を城跡として紹介しているページを発見。しかし、県文化財情報システムによると城域は中之条町の伊勢町にある伊勢宮を表示しています。県のシステムの地図もところどころ所在が怪しいものもあり、wikiの記述よりかは信頼性が高いという程度のものな...

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伊参城 ~眠る男?~

古城の西300mほどにあるのが伊参城の跡地です。ネット上での訪城記はこれが初。大系によると、延暦(782~806)の頃、伊参笹戸が居城したという。誰?...

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古城 ~くもじい降臨~

渋川方面からR353で西へ向かうと、岩井堂砦付近で切り立った山が道路そばまで迫ってきて自然の防壁となっているのですが、そこを超えてしばらく進むと開けた場所に出ます。中之条盆地です。その中之条市街地の東端にあるのが古城の跡で、城域の多くの部分は宅地化され、残った部分は公園となっています。別名は小城(大系ではこちらの表記)。詳しい場所は県文化財情報システムを参照のこと。...

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津久田城 ~矢沢頼綱も退ける~

津久田城は渋川市(旧赤城村)指定の史跡であり、市のHP にも記載があります。市指定史跡 昭和45年3月20日指定 北は沼尾川、西は利根川に臨む急崖上にあり東西約300m、南北約130mの並郭式の崖端城で、北西隅に本丸、その南に二の丸、東に三の丸、外郭と続く縄張の要害でした。築城年は不明ですが、古文書や城郭図から永禄年間(1558~68)と考えられます。天正6年(1578)以降、北条・真田両氏の接点となった長井坂城の後詰の城...

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石倉城 ~上州最北の城~

みなかみ町にある石倉城。ネット上での情報は極少で、検索してもほとんど前橋市にある同名の石倉城がヒットします。もちろん別物です。大系によると上杉顕定の在城であるらしい。場所は関越道水上ICのすぐ東側にあたります(インター出口からは南側)。高速を使えば意外とアクセス良好ですが、下道で向かうとなかなか遠い。当然ながら下道で向かいますが。...

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馬山西城 ~焼き饅頭~

東城があるなら西城もあるということで、馬山東城の南西に聳える山中に、詰城のように鎮座しているのが馬山西城です。西城といっておきながら、米山寺からの方角はむしろ南側に近いです。城郭大系によるとこの城は東城の別城で、比高は110mとのこと。別城一郭のお城といえます。ちなみに城巡り界のメジャーリーガー・余湖様のHP にこの城の鳥瞰図が掲載されています。こんなとこまで訪問しているのかあ。自分が訪問した時はまだ...

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馬山東城 ~葱と蒟蒻~

下仁田町へ出陣。「ねぎとこんにゃく下仁田名産」は群馬県民なら知らぬ者はいないフレーズ。県外の人にとっては、井森美幸の出身地と説明した方が聞いたことがあるかもしれない。いずれにせよ、城とは何の関係もないが。城郭大系によると下仁田町にある米山寺がかつての馬山東城の跡という。直接米山寺を目指すのもありだが、麓に道の駅があるのでそこを拠点にするのがおすすめ。...

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日本百名城塗りつぶし同好会

日本百名城塗りつぶし同好会  改めて紹介するまでもありませんが、百名城関連では一番有名なサイト。隣のブックマークにも乗っけておきます。...

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後箇屋敷 ~なにもなし~

茂木館のすぐ西側にある居館跡。東毛地区には平地居館跡が多く、特に玉村町にはこのような在地領主の居館跡が密集しています。体力消費がないので、数をこなすのが好きな人にとってはこのあたりはいい稼ぎどころです。そんなことして何が楽しいのという突っ込みは野暮なもの。無粋の極みといえます。...

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茂木館 ~堀は残るが・・・~

山崎先生著「群馬県古城塁址の研究」で茂木館本館(田口屋敷)と記されているところです。この周辺に点在する中世土豪の居館跡の一つで、田口氏の居館跡とされます。場所は県文化財情報システムを参照のこと。法蓮寺の真北1kmほどになります。...

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滝川一益本陣 ~軍配山古墳~

法蓮寺のすぐ西側の田園の中に佇むのが軍配山古墳です。 法蓮寺から見た軍配山古墳(再掲)。平地の真ん中にあるため、かなり目立ちます。...

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下茂木屋敷 ~古墳銀座~

下茂木屋敷は大系には掲載されていないものの、群馬県文化財情報システムには登録されています。出典はやはり山崎先生著の「群馬県古城塁址の研究」より。金窪城主・斎藤定盛(摂津守。北条氏邦の臣)の孫の屋敷が置かれたところという。となると戦国末期から近世初頭にかけての頃でしょうか。...

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川井城 ~摩利支天を祀る~

玉村町川井、烏川の河川敷に近い場所に川井城は築かれました。烏川を挟んだすぐ対岸には本城である武蔵金窪城があります。Mapionで八千矛神社の表示があるところが城の中心なので、そこを目指しましょう。...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日生野菜摂取しないと死ぬ。
© 2010 城館探訪記

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