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記事一覧

体感・実感! にっぽんの名城 第11回・第12回

お城博士こと千田先生と、歴ドルの美甘子さんの二人でお城の見方を紹介するこの番組。録画しておいた第11回と12回の放送を見ました。...

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津和野城② ~千姫事件~

リフトを眺めていても乗れるわけではないので、先へ進みます。...

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津和野城① ~山陰の小京都~

有名な城を取り上げてみよう第2弾は、これまた100名城の一つ・津和野城。有名と言ってもこれは城好きな人間からの視点であり、一般的にはそれほど知られていないお城かもしれません。立地的にも、少々訪れにくい場所のような気がします。一口に100名城といっても、城郭協会の選定基準そのものが怪しすぎるため全く説得力を持たないものになっているのですが、このお城はおすすめできます。...

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二本松城④ ~ホントの空を見てみよう~

近現代の二本松城の沿革。1868年(慶応4年)の戊辰戦争に際し二本松藩は奥羽越列藩同盟に参加して新政府軍と戦った。7月29日、藩兵の大半が白河口に出向いている隙をつかれ、新政府軍が二本松城下に殺到し、僅か1日の戦闘において落城した。手薄になった攻城戦においては「二本松少年隊」と呼ばれる少年兵も動員された。藩主の丹羽長国は米沢に逃亡し、9月に降伏、石高を半減され藩が存続した。この攻城戦において城の建物の多くが...

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二本松城③ ~3つの時代の石垣~

江戸期以降の二本松城の沿革。1622年(元和8年)、本山豊前・本山河内が城代となり、のちに外池信濃守が城代となった。1627年(寛永4年)、蒲生氏が伊予国松山城に転封となり、会津には加藤嘉明が入った。二本松城には加藤氏与力の松下重綱が下野国烏山城から5万石で入城した。翌1628年(寛永5年)重綱が没すると、その子・長綱は三春城に移され二本松城には嘉明の二男・明利が入城した。1643年(寛永20年)、嘉明の子・明成が改易...

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二本松城② ~十万石大名の威容~

翌朝早朝。改めて城攻めスタート!・・・の前に、江戸期以前の二本松城の沿革。室町時代初期の1341年(南朝:興国2年、北朝:暦応4年) 室町幕府より奥州探題に任ぜられた畠山高国が塩沢・殿地が岡(「田地が岡」とも)に最初の居を構え、地名を二本松と改称し、畠山氏7代当主・畠山満泰が、1414年(応永21年)もしくは嘉吉年間(1441年 - 1443年)にこの地に二本松城を築いた。以後、陸奥国に定着していた畠山氏は、戦国時代にな...

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二本松城① ~宴の後~

通常更新に戻るとしても、どのお城の登城記を掲載しようか少し悩みました。城めぐりのマニアクラスになってくると、ひたすらマイナーな城ばかり追い求めて、一般の人が訪れるような有名な城(主に近世城郭)には全く興味を示さなくなってしまうような人もいるようです。私はマイナーな城も有名な城も等しく好きなのですが、有名な城は見どころが多いため、どうしても掲載回数が長くなってしまい、正直疲れてしまいます。江戸城や大...

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直伝和の極意 にっぽんの名城

直伝和の極意 にっぽんの名城  先ほどNHKで放送されていました。これまでも放送があったのは知っていたのですが、わざわざ見なくても放送内容が想像つくような城ばかりだったのでスルーしてました。...

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伊熊砦 ~白井領北方の守り~

渋川市上白井、R17伊熊交差点の北東、ちょうど利根川に突き出している地形の先端部分が城域です。位置としては沼田城と白井城の間にあり、白井城の北方の守りを担っていた砦といえます。大系によると荒木主水が在城したとされています。...

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道元屋敷 ~赤城小沼伝説~

毒島城からこの日ラストの天幕城に向かう途中、偶然「道元三屋敷」の由来が記された石板を発見。場所は赤堀城のすぐ北東、鏑木川に架かる橋の手前の小さな公園になっているところです。...

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ハム将棋

こんな弱いソフトはじめて見たハム将棋  9枚落ちでも勝ってしまう。ありえん(笑)というか駒落ちでやるとハムがより弱くなるのは仕様なのか。おそらくハムの平手での棋力は24でいうところの12~15級くらいな気がする。日々強いソフトは開発されているが、こういった弱いソフトというのも需要があるかもしれない。追記・・・10枚落ちでも勝ってしまった。棒玉戦法に対応できないハムちゃん可愛い。...

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毒島城 ~大蛇が守る沼城~

毒島と書いて「ぶすじま」と読みます。毒島さんという名字の方もいるので、知っている方も多いかもしれません。毒島城は築城者や築城年代は定かではないが、毒島氏が在城した。また城郭大系によると青木入道の城ともいい、湖の中の島に築いたという。あのへんに湖なんかあったっけ?と調べると、当時は沼に囲まれた城だったとのこと。場所はr76赤堀今井町2丁目の交差点で北に入り、r102を少し北上後左手に入り・・・後は何となく...

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羽生善治 VS 加藤一二三 (1989年)

今日のNHK杯、羽生NHK杯-渡辺竜王の黄金カードでした。最後の形だけ見ると一方的に見えますが、切らしにかかった以上こういった形になるのはしょうがないですね。下の動画は若かりし頃の羽生先生。実戦で5二銀は見えないなあ。...

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荻窪城 ~古文書に伝わる小豪族の城~

場所は前橋市荻窪町、r34とr3に挟まれた寺沢川の西岸地点。荻窪公園の南東にあるという情報をもとに探してみたのですが、どうも道一本外れていたらしく少し彷徨いました。...

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小坂子城 ~ネコがたくさん~

前橋市小坂子町、r34「はやぶさクリニック」のある交差点を南へ折れ、少し走ると左手に神社が現れます。そこが小坂子城のほぼ城域中心にあたります。城郭大系には「丘城であり堀・土居・腰郭がある」と記載されているが、いまいち沿革が不明。 ...

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蒼海城 ~幻の上野国府~

ここは昔、毛の国と呼ばれた。越の国、豊の国などのように、上古には一字で国を表した地域がある。大宝年間頃から、国名は二字ということになったのだが、それまでは、毛の国を上下に分けて上毛野、下毛野と呼ばれていた。それぞれ「かみつけの」、「しもつけの」と読む。群馬県と栃木県を結ぶJR線を両毛線という所以である。崇神天皇の48年(紀元前50)、皇子の豊城入彦とよきいりひこ命に命じ東国を平定させた。皇子の子孫が...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日欠かさず生野菜摂取中。
© 2010 城館探訪記

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