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記事一覧

清王寺の寄居 ~清王寺新井入道の砦か~

2018年2月 前橋探訪part3上州の真冬に特有の雲一つない晴天、そして乾燥した冷たい強風が吹き荒れる日。先行公開では「いまいち記憶が定かでない」と書きましたが、写真を見返していて記憶がよみがえりました。この日は県立図書館に県内城館関連の資料を借りに来た日で、その際『群馬県の中世城館跡』(群馬県教育委員会著)に清王寺の寄居の記述を見つけたのでありました。いわく、県民会館周辺一帯がその跡地であるという。タブ...

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兎替戸の砦 ~芳賀地区九城砦~

2018年1月 前橋探訪西荻窪城の次に向かったのが兎替戸の砦。ここはかなり早い段階から表示物があるという情報を入手していたのですが、ちょうど県外城館探訪に力を入れ始めた時期と重なってしまったため、これまで未訪のまま残っていた砦です。車を止める場所に若干てこずりつつ、芳賀中学校南東の該当地に向かうと、遠目にも表示物を発見!西側から城域に入り、主郭南側から。右手の通路は主郭南の堀跡か。畑の渕に表示物が見え...

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西荻窪城 ~藪の中に残る土塁~

2018年1月 前橋探訪亀泉城の次に向かったのが西荻窪城。ここは昔荻窪城を探訪した際に一度探索を試みているのですが、現地に表示物も見つからず攻略済みとしていいかどうかいまいちモヤモヤしていたところです。その時の写真が消滅したこともあり、今回改めて場所をチェックして捜索。主郭部分荻窪町公民館の北西、前回通った記憶のある見覚えのある路地を進み、主郭に到着。この場所からの写真は多くの先人たちが撮影しているア...

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亀泉城 ~寺と公民館~

2018年1月 前橋探訪県立図書館で資料の返却と入手をした後、外があまりに快晴であったため、1時間ほどの空き時間で近隣の未訪城館巡りを行うことを急遽決定。まずは前橋市亀泉町にある如意寺へ。この寺付近が亀泉城が築かれた場所となります。 南東側                   北東側県道から南側を回り北東側にある公園にいったん駐車。その後北側の墓地の先に駐車場があることに気づきそちらに車を回す。その間つ...

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戸隠権現の砦 ~白井城の物見の砦~

横堀宿本陣の南東にある標高370mの戸隠権現山の山頂に築かれたのが戸隠権現の砦(「子持村史」)。「群馬県古城塁址の研究」では権現山砦となっていますが、ここでは「子持村史」の記載を採用します。この砦、探訪時において意外なことにネット上で登城記が見当たらず、サイトでの公開はこの記事が初となりそうです。ブログ開設当初はネット上初公開の城館記事をいくつか手掛けてきていましたが、あれからかなり月日は経ち、マイ...

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横堀宿本陣 ~三国街道11宿~

一般社団法人群馬県測量設計業協会の「上州の街道」のページから、以下「三国街道」について。三国街道は、高崎宿で中山道と分かれ、榛名山東麓を北上し、子持山と小野子山の間の中山峠を抜け、赤谷川沿いを遡り、三国峠を越えて越後・佐渡に至る街道でした。高崎から三国峠までは19里(約75キロ)、全長は48里(約192キロ)で、冬季は積雪で通行が不可能になることもありましたが、日本海側と太平洋側を結ぶ最短路であったため、...

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杢ケ橋関所 ~上州第二の関所~

高崎で中山道と分かれて越後に向かう三国街道は関東と裏日本を結ぶ重要な交通路であり、その三国街道が吾妻川を渡る南牧の川岸に要害を構えて川関所としたのが杢ケ橋関所(もくがばしせきしょ)です。上州では碓氷関所に次ぐ重要な関所であり、当初安中藩井伊家が、次いで高崎藩が警固にあたりました。杢ケ橋関所跡は県指定史跡。渋川市南牧の県道沿い、道が大きくカーブしているところにこの表示があります。ここから坂を下り、吾...

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小坂子要害城 ~嶺城支城群の一つ~

勝沢城の次に向かったのが小坂子町にある要害城。その途中、小坂子城脇を通過。前回写真を撮っていなかった八幡神社北側の堀を走行しながら確認するも、めんどくさくなって再びスルー。同じところに何度も行かないという原則を守ったということにしましょう。小坂子町交差点からr101を北上すると、目的地の要害城が正面やや左手に見えてきます。西側は小流に面した谷津地形で、台地先端を占地していることが確認できます。...

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勝沢城 ~嶺城の支城~

鳥取の砦の次に向かったのは勝沢城。藤沢川東岸、芳賀小学校北側の台地上に築かれており、嶺城の支城(番城)であったといいます。文化財情報システムの地図とにらめっこして、現地到着。・・・ない。何もないぞ。...

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鳥取の砦 ~越後守護・上杉定昌在陣~

小神明の砦の次に向かったのが鳥取の砦。大系では鳥取城の表記になっていますが、どうしても有名な鳥取城を想起してしまうので、本項では文化財情報システム(現マッピングぐんま)の表記を採って鳥取の砦とします。鳥取町公民館。車はここに置かせてもらうことに。システムの地図を参照するに、この背後一帯が城域のようだが。...

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小神明の砦 ~軍事駐屯施設か~

関根の寄居、八幡山の砦の次に向かったのは小神明の砦。城郭大系によると規模は100m四方、嶺城の支砦で遠堀に関係した砦といいます。文化財情報システムを頼りに該当地着。赤城山麓の平坦地にあり、要害性はありません。...

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八幡山の砦 ~南橘聖霊廟~

八幡山の砦というのはありふれた名称であり、県内だけでも同名の砦が数ヶ所あるのですが、今回は前橋市上細井町にある砦。文化財情報システム(現マッピングぐんま)によると、現在「八幡山南橘聖霊廟」となっているところが砦域として表示されています。該当地は舌状台地の先端部分となっています。台地基部に駐車スペースがあり、ここからだと簡単に頂部へとたどり着けます。資料によるとこの部分には堀切があったとされています...

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関根の寄居 ~遺構残存~

数年前の冬。文化財情報システム(現マッピングぐんま)を参照して行った前橋市の城館めぐりの記録から一部抜粋。前橋市関根町には赤城神社と金剛寺があり、それらの間に「寄居」と呼ばれる地区があります。寄居とは地侍が構えた小堡(砦)で、規模は南北80m・東西60m。北部は二重堀構えとなって本郭を構成し、戦国期構築と考えられています。R17沿いにある金剛寺。建立は江戸初期といいます。...

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津久田砦② ~津久田城の烽火台~

その①尾根道に入ってからは起伏も少なく、若干の藪はあるものの快適に進めます。...

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津久田砦① ~S字塹壕~

赤城町津久田の山中にある津久田砦。城郭大系にも「城山、津久田城の支砦」といった程度の記載しかなく、極めて情報量の少ない城砦です。この砦は私の中では比較的早い段階から攻略対象リストに入れており、不動山城や猫城といった旧赤城村の城館を攻略した日にこの砦も一度攻めているのですが、現地でのあまりのとっかかりのなさに攻略を断念していた経緯があります(その時はネット上に登城記など皆無だった)。その後しばらく放...

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千明元屋敷 ~伊香保温泉支配~

温泉大国群馬を代表する名湯の一つ・伊香保温泉。古くは万葉集にもその名が登場する歴史ある温泉で、365段の石段が温泉街のシンボルとなっています。現在の温泉街が形成されたのは戦国時代。長篠の戦いで負傷した武田兵の療養場所として、武田勝頼が当時上州を支配していた真田昌幸に命じ、整備されました。石段もこのときにできています。が、今回掲載の千明元屋敷はこの石段街からは外れた場所にあり、温泉街の最奥の場所に位置...

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下小屋城 ~極陰の縄張り~

伊香保町湯中子にある下小屋城。城郭大系に縄張図付きで掲載されていながら、ネット上での登城記がほぼ皆無だった城です。(私の登城時、ネット上で公開されていた登城記は1件だけ)例によって国土地理院の地形図。赤で囲った部分あたりが城域。この地形図からして「極陰の縄」というものが想起できます。大系の縄張図を見ても、これは攻めるのは無理だろうというほどの専守防衛の縄張りです。伊香保町の北端、湯中子の沼尾川を越...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日欠かさず生野菜摂取中。
© 2010 城館探訪記

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