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記事一覧

九度山真田屋敷 ~真田親子隠棲の地~

太田城からはR24で一路九度山へ。途中京奈和自動車道(無料区間)に乗り損ねた挙句余計な遠回りをしたりしつつも、ほどなく九度山町へ到着。九度山橋を渡ったところで世界遺産の慈尊院を指し示す案内があり、そちらにも寄ってみたかったものの、時間が押し気味であったため断念。同じく世界遺産の丹生官省符神社、高野山町石道などとともに、またの機会に。町営駐車場。無料で広さもあり、真田庵直近の駐車場ということで非常に便...

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太田城 ~日本三大水攻めの舞台~

紀伊半島の旅5日目は、やや遅めの時間に和歌山市街のホテルを出発。本日最初に向かったのは和歌山駅東の太田地区にある来迎寺。この寺を中心とした一帯が太田城の跡地で、備中高松城、武蔵忍城ととも日本三大水攻めのひとつに数えられる戦いが起きた場所でもあります。説明板発見太田城は現在の来迎寺、玄通寺を中心に東西に二町半(約273m)、南北に二町(約218m)と言われているが、近年の発掘調査からはほぼ二町半の四方であっ...

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和歌山城⑦ ~夜空に浮かぶ南海の鎮~

和歌山城完結に向けてラストスパート。実際はもっといろいろ細かい部分の写真を撮ってあるのですが、きりがないのでここまでもかなり端折って掲載しています。 護国神社の鳥居の手前に残る門跡の形状の石垣。この場所の西側には城の搦手に当たる門があります。...

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和歌山城⑥ ~刻印たくさん、ねこもたくさん♪~

岡口門から西側へ進みます。 南堀跡周囲と比べて明らかに一段低く、明確に堀跡と分かります。かつては水堀であったようですが、現在は空堀でつつじ園となっています。...

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和歌山城⑤ ~現存岡口門と広大な水堀~

連立式天守内部を心行くまで堪能した後退出。表坂側から本丸を後にします。 本丸南側下の登城路は折れが重なり、石垣も高さがあって守りは厳重。このあたり迫力があって何度も振り返りながら撮影してしまいました。...

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和歌山城④ ~連立式天守内探訪~

入城した場所は小天守の1階。天守内案内図連結された櫓間をすべて見て回れるようですね。これは楽しめそうです。...

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和歌山城③ ~日本三大連立式平山城~

本丸御殿跡から見た天守拡大...

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和歌山城② ~石段を登る人の形の・・・?~

西の丸庭園から、続いて御橋廊下へ。御橋廊下二の丸と西の丸をつなげる橋。藩主とお付きの人だけが行き来するために架けられ、外から見えないように屋根と壁が付けられていました。斜めに架かる廊下橋は全国的にも珍しい構造。...

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和歌山城① ~御三家・紀州徳川家の居城~

弥勒寺山城(秋葉山公園)を早々に撤収し、いよいよ本日のメイン、いや、今回の遠征全体でもメインといっていい和歌山城に向かいます。紀州は尾張・水戸と並ぶ御三家の一つで、暴れん坊将軍8代将軍吉宗を出したことでも有名。14代将軍家茂も紀州徳川家出身で、なにげに御三家のうちで征夷大将軍を出した唯一の家であるのです(15代慶喜は水戸徳川家出身ではあるが水戸家の当主にはなっておらず、一橋家当主の身分から将軍となって...

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弥勒寺山城 ~雑賀合戦の雑賀党本陣~

湯浅城からはR42熊野街道を一路和歌山市街へ。R42は有田市で有田川沿いに経路をたどることになりますが、ここでスーパー渋滞が発生。おまけに目の前には大型車が連なっておりストレスもマッハ。私の技術なら1台や2台くらいの大型車だったらあらゆる合法的手段を使って抜かすことができるわけですが、さすがにあれだけ連なっているとどうしょうもありません。海南市の市街地に入ったあたりでトロいトラックをまとめて抜き去り、よう...

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湯浅城 ~立派な五層天守!?~

亀山城の麓からR42で日高町~由良町~広川町を経由して湯浅町へ。ほどなく右手の丘陵の上に天守の姿を発見。あれが次なる目的地の湯浅城か・・・目立つ目標物があるのは便利です。件の天守に到着。立派な五層天守や取り囲む周囲の櫓など、完全に近世城郭風。...

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亀山城 ~秀吉に抗した湯川氏本城~

湯川氏の本城・亀山城。御坊駅北西に聳える亀山山頂に築かれた山城で、築城年代は室町時代初期とも中期ともいわれており定かではありません。湯川氏が小松原館に居城を移した後も詰めの山城として機能していました。...

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小松原館 ~紀南最大勢力湯川氏の居館~

吉原坊舎から再び御坊市へ。亀山の南東麓、現在紀央館高校と湯川中学校がある一帯が小松原館の跡地となります。館域の一角にある湯川子安神社へ、一通の道路に阻まれたりしつつも大回りをして到着。湯川子安神社紀央館高校の東隣に鎮座し、館域の南東角に位置していると思われます。毎度のごとくわずかな日陰を求めての駐車。...

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吉原坊舎 ~秀吉の紀州侵攻で消失した城郭寺院~

みなべ町から印南町~御坊市を経由して美浜町へ。美浜町の吉原地区にある松見寺が吉原坊舎の跡地となります。吉原御殿、吉原御坊といった表記もあります。松見寺周辺の道は狭いので通行注意。...

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高田土居城 ~紀伊国守護代野辺氏の館~

田辺市からみなべ町へ入ります。阪和道みなべICのすぐ南側が高田土居城の跡地というが。該当地付近、古川に架かる梅田橋城の表示物が見つからず、車を停めてやや広範囲を彷徨いました。(正面奥に停車しているのがプリウス号)...

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上野山城 ~田辺の街を見渡す城~

別名八王子城とも。南北朝の頃、湯浅氏が江川浦八王子山口に砦を構え、八王子砦と称した事から始まるといいます。 田辺城水門から会津川を渡り、田辺第三小に向かう道に入る。小学校を左手に過ぎた先の分岐路を右へ。標柱が目印。その標柱なおこの標柱、南側から進んでくると「出立王子跡」の表示面が正面に見えるので注意。私は標柱の認識はしたものの、表示を見て一回ここを通り過ぎてしまいました(写真は帰路に撮ったもの)。...

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田辺城 ~水門のみ残す近世城郭~

扇ヶ浜台場からすぐ西、会津川河口部の東側一帯が田辺城の城域であり、その西端部分が現在錦水公園となっています。別名錦水城とも。錦水公園駐車スペースは2台分。...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日欠かさず生野菜摂取中。
© 2010 城館探訪記

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