FC2ブログ

記事一覧

中津城② ~中津で天下の夢を見たのか~

本丸内は高齢者の団体でごった返しています。駐車場に大型バスが次々と乗り入れてくる盛況っぷり。あれ全部高齢者の団体ツアーか。さすがは大河ドラマ後半の舞台中心地というところか。NHKの影響力は高齢者層には特に強いようです。天守下にある黒田官兵衛資料館。平成26年1月19日に開館したということです。完全に大河ドラマに合わせての設置ですね。入館無料というのがうれしい。さっそく中へ。...

続きを読む

中津城① ~官兵衛が築いた三大水城~

9月29日、晴れ。九州遠征最終日。最後まで真夏日です。そしてこの翌週から一転して涼しい気候になるという。例年のことですが。本日1城目は黒田官兵衛が築いた中津城。日本三大水城(高松城、今治城、中津城)の一つ。鳥居をくぐって城内へ。無料駐車所が完備されています。暑いので日陰場所を探して駐車するのが最優先事項。いい場所があったのでキープ。天守から一番遠いところなので安心して独り占めできます。...

続きを読む

平田城 ~栗山善助の居城~

長岩城の探索を終了したのが18:15。それから10分程度で辺りは暗闇。危うく前日の佐伯城と同じ轍を踏むところであった。あぶないあぶない。・・・なんてことを思いながら本日の宿営地である中津市街方向へ車を走らせていると、次の表示を発見。 平田城を示す案内と                       栗山備後利安の幟旗栗山備後利安というと、現在放送中の「軍師官兵衛」に出ている官兵衛の股肱の家臣・善助のことで...

続きを読む

長岩城⑥ ~伝説達成、そして・・・~

前回ラストの岩峰直下周囲は切り立った断崖、ここを乗り越えるより外に道はない。...

続きを読む

長岩城⑤ ~弓形砲座・死の回廊~

※注意:ここから先の記事を真似て生じたあらゆる事故・損害その他について私は一切の責任を負いません。現時刻は17:10。すでに夕暮れの日の光に包まれています。石積櫓から眺めた周囲の光景。私が現在立っている場所も、同じような断崖絶壁の細尾根の上となります。...

続きを読む

長岩城④ ~いざ、断崖上の石積櫓へ~

分岐点から陣屋・石積櫓方面へ。渓谷沿いを上流へ少し登った後、三度目の沢を渡る地点に出ます。ここを渡河すると、いよいよ本格的に対岸の山攻めが始まることになります。...

続きを読む

長岩城③ ~城の中心・本丸エリア~

本丸へ向かい進攻中。前回ラストの写真再掲なんとなく忙しい印象があるのはこの写真の中だけでも5つも表示板があるためか。石塁の両脇には平行して竪堀が設置されています。これでは攻め手が斜面横方向に展開移動するのは困難を極めることでしょう。...

続きを読む

長岩城② ~石塁・渓谷・石塁~

 二之城戸へ向かう道中、右手には数段に連なった石垣が続き、その上には平場が。特に案内表示はありませんが、居館・居住部の跡か、あるいは後世の畑の跡か。...

続きを読む

長岩城① ~大友宗麟・黒田長政と戦った城~

城マニアの中でも、知る人ぞ知る長岩城。石積櫓へ向かう道の危険さ、そしてそれをもはるかに上回る弓形砲座への道の危険度はもはや伝説級。→先行して公開した「長岩城弓形砲座について思うこと」参照2014年9月時点において、弓形砲座まで危険地帯を通過してまともに到達したという記録を私は確認していませんでした。当時の私は多少本格登山に足を踏み入れていたこともあり、それなら自分が危険地帯を突破してやろう、という意気込...

続きを読む

杵築城 ~城下町杵築のランドマーク~

高崎山から別府を経由して杵築へ。途中日出城にも立ち寄る予定であったが、気が付いたら通り過ぎてしまっていた。時間の都合もあったため、そこは割り切り先へ。次回遠征リストに登録しておきます。城山公園入口。青筵神社の参道でもあります。鳥居手前の駐車スペースに一旦車を停めたのですが、どうやら奥まで車で進めるようです。できるだけ車で進む主義の私はもちろん車で進みます。...

続きを読む

高崎山城 ~豊後守護大友氏の詰城~

大分市街地より別府湾沿いに移動。片側3車線の快走路・R10を別府方面へ快走していると、正面に海に迫る特徴的な山が現る。おさるで有名な628mの高崎山。群馬で標高628mの山と言ったら低山もいいとこですが、この山は海から直に600m以上切り立っており、実際に見ると迫力あります。話が横道にそれますが、私の出身高校は某M橋高校から「山猿」呼ばわりをされていますが、その由来がまさにこの高崎山のサル園から。そういう意味...

続きを読む

岡本主米屋敷 ~府内藩家老屋敷~

かつて府内城の三の丸には広く武家屋敷が広がっていました。その中でも現在の大分市役所庁舎付近は、かつての重臣屋敷の密集地帯となっています。...

続きを読む

府内城② ~廊下橋と人柱お宮~

府内城は、大分市街の中心に位置する梯郭式平城である。安土桃山時代後期、府内に12万石で入封した福原直高が府内の荷落に築城を始めたが、福原氏は改易され、早川長政の府内領再封を経て、関ヶ原の戦いの後に3万5千石で入封した竹中重利が完成させた。江戸時代には府内藩2万1000石の藩庁が置かれていたが、明治初期に本丸・東丸・西丸の建造物以外は破却され、堀の一部が埋め立てられた。さらに第二次世界大戦時の大分空襲により...

続きを読む

府内城① ~豊後最大の城下町~

100名城の一つ、府内城。近世府内藩の藩庁として藩政が行われた場所です。現在も大分県庁・大分市役所が隣接しており、大分の政治の中心の役割は引き継がれています。走行中まず初めに目にしたのは、復元された東之丸東南隅櫓。白漆喰の櫓を見ると、まさに近世城郭といった感じを受けます。普段はどうかは不明ですが、この日は本丸内に駐車することができました。本丸内で何かの撤去作業を行っており、邪魔にならないように隅っこ...

続きを読む

稲葉家下屋敷 ~旧臼杵藩主邸~

臼杵城から西へ徒歩圏内に、旧臼杵藩主・稲葉家の下屋敷が残っています。屋敷の東門と外塀。外塀は下見板張りの姿を受け継ぎ、基礎部分の石積みは全高の3分の1を占める独特の意匠。塀の外側には堀が流れ、一体となって周囲の景観を形成しています。...

続きを読む

臼杵城③ ~3層4重の天守櫓~

本丸ゾーンへ進みます。本丸と二の丸を隔てる空堀。中央の土橋により北側堀と南側堀に分かれています。写真は南側堀で、稲葉氏入城後に作られたもの。...

続きを読む

臼杵城② ~秘密兵器『国崩し』~

大門櫓から中に入るとそこは二の丸。まずは右手にある井楼櫓跡へ。井楼櫓跡。城内で最大規模の櫓。櫓台石垣の築石はやや小ぶりで、17世紀初頭のものとみられています。...

続きを読む

カテゴリ

プロフィール

KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日欠かさず生野菜摂取中。
© 2010 城館探訪記

フリーエリア

Twitter

スポンサーリンク

カレンダー

10 | 2018/11 | 12
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

メールフォーム

お問い合わせはこちらからどうぞ

名前:
メール:
件名:
本文: