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記事一覧

生池城 ~松浦党・源壹の居城~

百合畑古墳群・生池の東にあるこんもり茂った森の中にあるのが生池城。歩いて行ける距離ですが、後方に車を置いたまま奥に進むのがなんとなく気になったので、いったん古墳園前に駐車した車に帰還し車に乗って接近することにしました。・・・が、近くまで車道が繋がっているものの、ほどんど作業道レベルの未舗装の細道であり、駐車場所もないので運転に自信のない方は(否、自信があっても)ちゃんとしたスペースのある所に車を置...

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本浦城 ~異国警固の城~

グーグルマップには地命寺城の北に本浦城の表示があります。場所はココ城主等詳細不明。『長崎県中近世城館跡分布調査報告書』には「異国警固の城といわれる」との記載があります。...

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地命寺城 ~義人源三~

グーグルマップを見ると、勝本城のある城山から谷を挟んで東側に地命寺城の表示があります。場所はココ表示場所は現在勝本中学校のグラウンドになっています。...

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勝本城 ~朝鮮出兵・壱岐拠点の城~

六郎瀬鼻から島の北部の勝本港へ向かい車を走らせると、港の手前で正面に小高い山が現れます。城山公園の表示この山に築かれたのが勝本城(別名風本城・武末城・雨瀬包城とも)で、秀吉の朝鮮出兵に際して兵站基地として築かれた城です。現在は城山公園として整備されており、山上まで車で登れます。頂上(本丸)下に駐車場も完備。4月上旬でも日が当たる場所はすでに暑いので、僅かな日陰の場所を探して駐車。...

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黒崎砲台 ~東洋一の砲台~

鉢形城を後にして国道に復帰し、柳田の信号ですぐに左折。目指すは「猿岩」壱岐の有名観光スポットの一つである猿岩への表示は随所に示されているので、普通に走れば迷うことはありません。しばし車を走らせ、猿岩に到着かと思われたその直前、道沿いに「黒崎砲台跡」の表示が現れます。その入口。ちなみに駐車場はないので車は少し先にある猿岩の駐車場に止めるのが無難。何やらいろいろ表示がありますが・・・...

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鉢形城 ~神功皇后三韓征伐由来の地~

前項で掲載した天手長男神社の境内には、かつて鉢形城が築かれていたといいます。グーグルマップにも城の表記あり別名八形城・田中城・八角島城とも。延久年間(1069~1074)に壱岐国司佐伯良孝によって築かれたとされるも詳細は不明。...

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亀丘城 ~壱岐統治の拠点~

民宿滝の上を出発し、この日最初に訪れたのは郷ノ浦港からほど近い場所にある亀丘城。壱岐市役所の隣にある亀岡公園が城の跡地です。この公園は小山の山上にありますが、車で山上まで登れて駐車場もあるので安心。しかしレンタカーでなく当初の予定通りレンタサイクルを利用していたら、小山とは言え初っ端から軽い坂登りをする羽目になっていました。壱岐は坂道が多く、いくら電動アシスト付きといえど自転車ではなかなか大変な面...

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金田城⑥ ~率土の最果て~

大吉戸神社から再び元来た道を戻り一ノ城戸へ。そして続いて二ノ城戸方面へ向かう。程なく大規模な石積が現れる。二ノ城戸 二ノ城戸城門跡は、かねてから柱穴のある門礎石が2石露出しており、また門にとりつく石垣も比較的良く残っていたとのこと。平成11年度の発掘調査で、新たな門礎石、敷石などが確認されました。...

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金田城⑤ ~大吉戸神社と金田城の謎~

説明板の案内図。現在地は「一ノ城戸」で、ここから海岸沿いまで降りていく道もあります。...

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金田城④ ~防人が守った古代山城 ~

旧軍施設の跡地がある平場からは展望を楽しむこともできます。...

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金田城③ ~軍道から旧軍要塞へ~

中腹の休憩所からの登山道。旧軍道として整備された道だけあって登りやすい。道路下を暗渠にして小さな沢を通したりしている場所もあります。...

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金田城② ~国家防衛最前線の城~

登城開始して最初に視界が開けた場所に広がるのは黒瀬湾の光景。深く入り込んだ湾の光景に目を奪われます。動画...

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金田城① ~『日本書紀』に名を遺す特別史跡~

桟原城からR382を北上~r24へ入り美津島町の箕形地区へ。目指すは2日目のメインの城、というか今回の遠征の大本命の城である金田城。途中ヤマネコ飛び出し注意の看板があったり、対馬霊峰・白嶽を正面左手に眺めたりしつつ、城の築かれた城山そばに到着。このあたりいかにも険しい岩山がそこかしこに隆起しています。...

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桟原城 ~対馬府中藩十万石格の居城~

氏江家屋敷から国道を北上し、消防署・税務署を過ぎたところで右手にこの表示があります。桟原城(桟原館・桟原屋形)は対馬府中藩3代藩主宗義真が金石城を拡張整備したのと同時期に新築された藩主の屋形であり、万治3年(1660年)3月着工、延宝6年(1678年)完成。完成後は金石城に代わって新しく府城となり、対州府城または府中城とも称しました。明治2年(1869年)に対馬府中を厳原と改称してからは厳原城とも呼称されます。看...

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氏江家屋敷 ~対馬藩家老屋敷~

中村屋形から北に数100m、対馬振興局の庁舎付近一帯がかつての対馬藩家老・氏江氏の屋敷跡となります。振興局の前には立派な長屋門や石垣が残っています。...

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中村屋形 ~対馬の「府城」~

池の屋形探訪後、すぐ近くにある「ホテル対馬」内にあるオリックスレンタカーで格安のレンタカーを借りる。本日の午前中はこの軽のレンタカーで対馬内を移動します。国道に出て北に向かってすぐの場所にある対馬南警察署。近くには地方裁判所や地方検察庁の建物も集まっており、この近辺に中村屋形があったといいます。中村屋形は応仁2年(1468)ごろ築かれたとされ、大永6年(1526)に宗氏15代将盛が池ノ屋形を築いて移るまで、宗...

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池の屋形 ~宗氏かりそめの館~

対馬探訪2日目、晴れ。東横インの無料朝食を例によって大量に腹に詰め込んだため朝から機動力低下。この時点で既に本日の昼食が不要になったことが確定。今日の夕食は壱岐の宿で海鮮料理が出るはずなのでそれまでに腹を空かせなければなりますまい。ホテルを出て徒歩30秒で本日1つ目の探訪地。池神社この地一帯に築かれたとされるのが池の屋形(池の城、池の館とも)で、神社内には説明板が設置されています(外側の説明板には神社...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日欠かさず生野菜摂取中。
© 2010 城館探訪記

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