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記事一覧

皿窪の砦 ~赤萩地域城の一つ~

2017年12月 年末年始6連戦DAY3皿窪館(八幡宮)から詰城である皿窪の砦へ。八幡宮の裏の林を突っ切ると細い道路に出るので、それを東へ。少し進むと砦への登り口があります。ちなみに八幡宮脇からは写真の城道が続いており、この道をたどればちょうど砦の登り口に出るのでおすすめ。...

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皿窪館 ~皿窪砦の居館~

2017年12月 年末年始6連戦DAY3仁田山城攻略後、県道を下っていくと道沿いに八幡宮があります。この裏山に築かれたのが皿窪の砦。行きがけの駄賃で登ってみることにしました。なお、八幡宮の場所はこの砦の平時の館跡であったといいます。八幡宮...

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仁田山城② ~圧巻の三連堀切~

その①仁田山城の本丸に到着。この城の大きな見どころは本丸のその先にあります。本丸を奥に進んでいくと堀切が登場。しっかりとした堀切があるとは話に聞いていましたが、実際目にすると想像のサイズを超えていました。深さは4mほどで、両側面は竪堀となって落ちています。一部岩盤を削っているように見えるなかなか強烈な堀切です。動画にて...

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仁田山城① ~11段の小郭の構え~

2017年12月 年末年始6連戦DAY3仁田山館に続いて本日のメインディッシュ・仁田山城へ。あそこまで登るのか・・・...

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仁田山館 ~仁田山城主の館~

2017年12月 年末年始6連戦DAY3この日のメインターゲットは桐生と大間々の境近くにある通称「石尊山」に築かれた仁田山城。桐生市川内町地区のr338を北上し、その麓に到着。山城に登る前に、この麓地区に居館の跡があるというので探索します。県道に面した場所にある「五丁目三町会広場」ここが仁田山城の居館跡に該当し、広さは方80mほど。南と西は沢の崖端に守られ、居館とはいえ要害性もあります。...

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金山城(先行公開)

国指定史跡・日本100名城 金山城!近場のこの城も掲載がまだだったので取り急ぎ先行公開。スタンプの絵柄にもなっている大手虎口...

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丸山砦 ~新川堀西端を守る~

桐生城の遠構えである新川堀については今井宿の砦の項で説明しているところですが、その西の端を守る砦が丸山砦になります。配置図。渡良瀬川に面した独立丘で、戦略的価値の高い立地です。東麓にある新居屋敷が、砦将の居館なのかどうかというところ。ちなみにこの砦、桐生地域の城館の在庫確認をしたところ、掲載漏れしていたことに気がついたものの一つ。実際は新居屋敷探索のすぐ次に訪れています。新居屋敷(白髭神社)から、...

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茶臼山砦 ~金山城最北の支砦~

太田金山城を本拠とする由良氏は急速に勢力を伸ばし、ついに北に接する名族桐生氏の領域を脅かすに至ります。その由良氏が八王子丘陵の茶臼山に築いた砦が茶臼山砦です。由良氏からすると北方の最前線の砦であり、桐生氏からすると本拠そばに築かれた目障りな砦です。今回の記事は金山城北の砦の続きの話になりますので、そちらも見てもらうと流れが掴みやすいと思われます。1年半前の記事の続きなので、これまでのルートのおさら...

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金山城北の砦 ~八王子丘陵縦走~

前八王子砦とも。八王子丘陵の中央、八王子山に築かれた砦です。その名の通り、金山城の北方を守る砦であったと思われます。八王子丘陵は太田市と桐生市の境に連なっている丘陵地帯で、北西の荒神山から籾山峠を挟み南東の唐沢山まで続いています。基本的に低山のため真冬でもハイキングが楽しめる里山になっています。しかし標高≒比高のため甘く見ると痛い目を見ます。低いなりにハイカー向けのれっきとした山なので、山城攻略と...

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館林城② ~タヌキの集団?~

2009年冬、館林方面探索の時の記録。一応その①の続きです。さて、広場を抜けて市役所庁舎へ辿り着くと、そこには異形の集団が・・・!?...

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新居屋敷 ~新居主税助の屋敷~

城郭大系に「新居主税助の屋敷。60m四方の単郭の小堡」と記載されている新居屋敷。この新居氏についての詳細は不明ですが、桐生氏(あるいは由良氏)の家臣の一人と思われます。文化財情報システムによると、場所は桐生市堤町2丁目、丸山麓の白髭神社一帯とあります。...

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元宿陣屋 ~桐生市発祥の地~

元宿陣屋について、城郭大系には「桐生市の発祥地の元宿を支配した代官所」と記されています。文化財情報システムで探すと、元宿代官所の表示を発見。場所は桐生市元宿町にある聖眼寺となっています。...

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今井宿の砦 ~新川堀中央を守る~

南北朝初期、桐生国綱が3年の歳月をかけて桐生城(柄杓山城)を築城します。このころの桐生地域は、梅原館を中心に桐生城を詰めの実城、新川堀を遠構えとし、その新川堀に沿うように丸山砦、今井宿の砦、浅間山の砦、物見山の砦その他小塁を備えて万全の構えを示していました。そのうちの一つ、今井宿の砦。場所はJR両毛線桐生駅と市立図書館に挟まれている地域一帯です。...

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桐生陣屋 ~天領・飛び地支配~

桐生陣屋(きりゅうじんや)は、江戸幕府が天領である桐生を管理するために設置した陣屋である。現在の群馬県桐生市西久方町に置かれた。桐生は天正18年(1590年)に徳川氏の領地となり、徳川氏の代官であった大久保長安の命を受け、手代の大野八右衛門が桐生領に派遣された。大野八右衛門は桐生領の拠点として桐生新町を造営し、新町に隣接した丘陵地に陣屋を設置した。幕府直轄領であった桐生新町は、後に館林藩徳川綱吉領、旗本...

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梅原館 ~返り忠?桐生六郎の思案~

梅原館跡は平安時代に桐生を所領した、足利俊綱の家臣である桐生六郎(前桐生氏)の居館であったといわれている。室町期になり桐生国綱(後桐生氏)によって桧杓山城が築かれ、領主の居住地が城山の麓である居館に移ったことによって、この梅原館跡は下屋敷となり、ここを基点とした町屋づくりが行われたものと推考される。現在でも西・南側の一部と北側には土塁が残され、その外側には掘跡の痕跡が認められる。また、南方約500メ...

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岡上陣屋 ~銅山街道を整備~

ブログ移転後、こちらでは実質的には初めての記事になるでしょうか。アメブロより自由度も高くなったので、慣れればかなり使い勝手が良くなりそうです。さて、この時期は仕事が忙しいので平日の更新頻度が極端に低下してしまいます。去年も同じくらい忙しかったのに、よくあれだけ更新できていたものだ。しばらくは簡単に紹介できるところから載せていこうと思います。と、前置きを挟みつつ久々の更新。今回は岡上陣屋の紹介。...

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館林城① ~犬将軍の城~

・・・江戸時代に入ると、館林は利根川を押さえる東北方面への要所として、また、徳川綱吉が五代将軍になってからは将軍を輩出した地として重視され、最後の城主秋元氏まで江戸幕府の重鎮を務めた七家の居城として栄えた。かつては総構があり、本丸には三層の天守と二重櫓が一基、御厩曲輪(再築後の南曲輪)にも二基の二重櫓があり威容を誇っていたが、天和3年(1683年)に徳川徳松が急死すると廃藩となり廃城となった。 宝永4年...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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