記事一覧

金山城(先行公開)

国指定史跡・日本100名城 金山城!近場のこの城も掲載がまだだったので取り急ぎ先行公開。スタンプの絵柄にもなっている大手虎口...

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丸山砦 ~新川堀西端を守る~

桐生城の遠構えである新川堀については今井宿の砦の項で説明しているところですが、その西の端を守る砦が丸山砦になります。配置図。渡良瀬川に面した独立丘で、戦略的価値の高い立地です。東麓にある新居屋敷が、砦将の居館なのかどうかというところ。ちなみにこの砦、桐生地域の城館の在庫確認をしたところ、掲載漏れしていたことに気がついたものの一つ。実際は新居屋敷探索のすぐ次に訪れています。新居屋敷(白髭神社)から、...

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茶臼山砦 ~金山城最北の支砦~

太田金山城を本拠とする由良氏は急速に勢力を伸ばし、ついに北に接する名族桐生氏の領域を脅かすに至ります。その由良氏が八王子丘陵の茶臼山に築いた砦が茶臼山砦です。由良氏からすると北方の最前線の砦であり、桐生氏からすると本拠そばに築かれた目障りな砦です。今回の記事は金山城北の砦の続きの話になりますので、そちらも見てもらうと流れが掴みやすいと思われます。1年半前の記事の続きなので、これまでのルートのおさら...

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金山城北の砦 ~八王子丘陵縦走~

前八王子砦とも。八王子丘陵の中央、八王子山に築かれた砦です。その名の通り、金山城の北方を守る砦であったと思われます。八王子丘陵は太田市と桐生市の境に連なっている丘陵地帯で、北西の荒神山から籾山峠を挟み南東の唐沢山まで続いています。基本的に低山のため真冬でもハイキングが楽しめる里山になっています。しかし標高≒比高のため甘く見ると痛い目を見ます。低いなりにハイカー向けのれっきとした山なので、山城攻略と...

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館林城② ~タヌキの集団?~

2009年冬、館林方面探索の時の記録。一応その①の続きです。さて、広場を抜けて市役所庁舎へ辿り着くと、そこには異形の集団が・・・!?...

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新居屋敷 ~新居主税助の屋敷~

城郭大系に「新居主税助の屋敷。60m四方の単郭の小堡」と記載されている新居屋敷。この新居氏についての詳細は不明ですが、桐生氏(あるいは由良氏)の家臣の一人と思われます。文化財情報システムによると、場所は桐生市堤町2丁目、丸山麓の白髭神社一帯とあります。...

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元宿陣屋 ~桐生市発祥の地~

元宿陣屋について、城郭大系には「桐生市の発祥地の元宿を支配した代官所」と記されています。文化財情報システムで探すと、元宿代官所の表示を発見。場所は桐生市元宿町にある聖眼寺となっています。...

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今井宿の砦 ~新川堀中央を守る~

南北朝初期、桐生国綱が3年の歳月をかけて桐生城(柄杓山城)を築城します。このころの桐生地域は、梅原館を中心に桐生城を詰めの実城、新川堀を遠構えとし、その新川堀に沿うように丸山砦、今井宿の砦、浅間山の砦、物見山の砦その他小塁を備えて万全の構えを示していました。そのうちの一つ、今井宿の砦。場所はJR両毛線桐生駅と市立図書館に挟まれている地域一帯です。...

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桐生陣屋 ~天領・飛び地支配~

桐生陣屋(きりゅうじんや)は、江戸幕府が天領である桐生を管理するために設置した陣屋である。現在の群馬県桐生市西久方町に置かれた。桐生は天正18年(1590年)に徳川氏の領地となり、徳川氏の代官であった大久保長安の命を受け、手代の大野八右衛門が桐生領に派遣された。大野八右衛門は桐生領の拠点として桐生新町を造営し、新町に隣接した丘陵地に陣屋を設置した。幕府直轄領であった桐生新町は、後に館林藩徳川綱吉領、旗本...

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梅原館 ~返り忠?桐生六郎の思案~

梅原館跡は平安時代に桐生を所領した、足利俊綱の家臣である桐生六郎(前桐生氏)の居館であったといわれている。室町期になり桐生国綱(後桐生氏)によって桧杓山城が築かれ、領主の居住地が城山の麓である居館に移ったことによって、この梅原館跡は下屋敷となり、ここを基点とした町屋づくりが行われたものと推考される。現在でも西・南側の一部と北側には土塁が残され、その外側には掘跡の痕跡が認められる。また、南方約500メ...

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岡上陣屋 ~銅山街道を整備~

ブログ移転後、こちらでは実質的には初めての記事になるでしょうか。アメブロより自由度も高くなったので、慣れればかなり使い勝手が良くなりそうです。さて、この時期は仕事が忙しいので平日の更新頻度が極端に低下してしまいます。去年も同じくらい忙しかったのに、よくあれだけ更新できていたものだ。しばらくは簡単に紹介できるところから載せていこうと思います。と、前置きを挟みつつ久々の更新。今回は岡上陣屋の紹介。...

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館林城① ~犬将軍の城~

・・・江戸時代に入ると、館林は利根川を押さえる東北方面への要所として、また、徳川綱吉が五代将軍になってからは将軍を輩出した地として重視され、最後の城主秋元氏まで江戸幕府の重鎮を務めた七家の居城として栄えた。かつては総構があり、本丸には三層の天守と二重櫓が一基、御厩曲輪(再築後の南曲輪)にも二基の二重櫓があり威容を誇っていたが、天和3年(1683年)に徳川徳松が急死すると廃藩となり廃城となった。 宝永4年...

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五覧田城② ~赤城裏街道を掌握~

展望台というだけあって、眺めは最高です。 東側の眺め。渡良瀬川の上流方向です。正面奥に草木ダム、右手の山は三境山。...

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五覧田城① ~御影石の産地~

今回紹介の五覧田城はみどり市にある山城。これまでに公開済みの城館を市町村別にみると、みどり市では高津戸城が50選入りを果たしており、今のところ50選への選定率は1/1。さらに隣接する桐生市を含め桐生広域圏全体で見ると、選定率4/4の100%、これはすごい!(単にそこそこ有名どころから先に掲載しているだけ・・・なんて言ったら元も子もない)今回も、この流れに続き50選入りを果たせるでしょうか。...

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江田館 ~美しい「折」を持つ中世平城~

国指定史跡「新田荘遺跡」を構成する11の遺跡のうち、これまで世良田館(東照宮境内)・新田館(総持寺境内)・反町館の紹介をしました。今回は、最後に残った江田館の紹介です。(それ以外の遺跡は、円福寺境内・十二所神社境内・長楽寺境内・明王院境内・生品神社境内・重殿水源・矢太神水源。いくつか立ち寄っていますが城館ではないので割愛。)「新田荘遺跡」については、太田市のページ に位置等記載されています。...

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反町館 ~新田義貞が居住した城館~

一応開設一周年記念ということで、以前に登城した城館をできる限り紹介していこうと思います。(・・・ってそれじゃいつもと一緒だから記念でもなんでもないが)別ページに昔の登城記が残っているものから消化してしまおう・・・...

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西城 ~金山城の西を守る~

金山城は言うまでもなく本格山城で、比高を考えるとその険しさは100名城の中でもかなり上位に入ります。山の頂上近くまで車道が通っていて、山上には無料駐車場も完備されているので、ここまで車で来るのがよいでしょう。駐車場からは軽い登りで本城部分まで行くことができます。麓から自分の足で登るというのは、止めはしませんがあまりおすすめしません。さて、山上の駐車場からはほとんどの人が東側の本城へと進みますが、その...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日生野菜摂取しないと死ぬ。
© 2010 城館探訪記

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