記事一覧

井平城② ~不思議なⒹ曲輪~

井平城の遺構探索中。説明板にあったこの図が分かりやすいので以下の解説に利用させてもらいます。この図で「現在地」と表示されているのは説明板が設置されている場所で、私はそこから竪堀状の地形を降りてⒻ地点付近に到達しています。ここは帯郭状の平場で、左右両翼にのびる丘陵地形の連結の役割があったようにも感じます。ここから西側(図の左側)へ進みます。...

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井平城① ~旧鳳来寺街道上の要所~

井平氏居館から少し奥に入ったところに井平城への登城口があります。 入口の案内表示。駐車場は矢印方向徒歩1分ほどのところにあります。普通の空き地のような場所になっていましたが、この山間の地である程度の広さの平場を駐車場として無償で提供していただいているのはありがたいことです。車を停めてこの場所から登城開始。...

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井平氏居館 ~直虎のおばあちゃんち~

竹馬寺の見学終了時点で時刻は17時を回りました。8月とはいえ夏至のころと比べると日が短くなってきている頃ですが、ここから粘るのが私の真骨頂(→参照)。あと何か所探訪を重ねることができるか。狭い山道を戻り、国道に復帰。ここから近くにある伊平幼稚園のすぐ北側に説明板が設置されています。井平氏居館跡この場所は、井平氏の居館跡と伝えられております。寛元3年(1245)井伊家から分家した井平直時は此処に居館を構え、...

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堀江陣屋 ~高家大沢氏と万石事件~

堀江城の大沢氏は、関ヶ原の戦い後は敷知郡堀江村など6ヶ村で1550石を安堵され、「高家」として江戸幕府と朝廷との折衝を行う役割を担います。このころ大沢氏は城の一角に堀江陣屋を設置し、そこに移ります。正確な時期は定かではありませんが、元和元年(1615)前後と思われます。手元にある資料にも、堀江城のすぐ隣に「陣屋」の表示が見られます。資料「浜松の城跡見どころマップ」よりちなみにこの資料、半年前に浜松市地域遺...

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堀江城 ~大沢基胤、城を守り抜く~

気賀のイベント会場を後にし、続いて向かったのが大沢氏の代々の居城・堀江城。大河ドラマでは城主大沢基胤を嶋田久作さんが演じていましたね。場所は浜名湖パルパル(遊園地)があるところ。 遊園地周りには専用駐車場っぽいところしかありません。車を停められるところを探しながら奥に進むと舘山寺温泉街に入ってしまい、一番奥は有料駐車場となっておりこれははめられたと思いきや、よく見ると30分無料とのこと。これは助かり...

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鳥羽山城 ~陣城から迎賓機能を持つ居館へ~

二俣城の南方の丘陵上、現在鳥羽山公園となっている場所に築かれたのが鳥羽山城です。丘陵の上まで車で登ることができます。鳥羽山城は、東西500m以上におよぶ標高108mの独立丘陵を巧みに加工して築城されています。本丸をめぐる土塁や石垣が良好な状態で残され、本丸の内部では、発掘調査によって礎石建物や庭園が確認されています。また、本丸に至る大手道は石垣で荘厳化されており、幅6mを越える破格の規模を誇ります。こう...

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二俣城 ~岡崎次郎三郎信康自刃の地~

直虎紀行part.2の旅2日目、光明城の次に訪れたのがここ二俣城。駐車場にあった各種説明板のうちの一つ・「北遠の山城」前日登城した高根城や、本日これまでに攻城した犬居城・光明城、さらには次の予定地である鳥羽山城といった城も表示されています。・・・あ、すみません。実際の登城順通りに掲載していませんけど、もういまさらいいですよね。掲載しやすいやつからどんどん行きます。...

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高根城② ~戦国の美しき「境目の城」~

本郭を降り二郭側へ。門や柵列が復元されており中世山城の雰囲気をより感じることができます。...

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高根城① ~月さえて 昔を偲ぶ~

青崩峠からR152に復帰し一路南下。この途中で「浜松市まで六十ナントカ㎞」とかいう青看板を見た気がするが、はて、ここはもう浜松市の市域に入っているはずだが。仮に浜松市の中心部までの距離だとしても、いくらなんでも同じ市内で遠すぎやしないかい。うん、きっと自分の見間違いだったのだ。そうにちがいない。快調に南下を続け、水窪町の中心部に到着。水窪橋で水窪川東岸に渡り、川沿いの道をしばし進むと高根城の案内表示が...

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刑部城 ~金襴の蛇~

前回の記事で書いた1か所寄っておきたかった場所というのがこの刑部城。阿王山紫城とも呼ばれるこの城は、三方を都田川で囲まれた要害の地に築かれました。都田川の支流越しに眺めた刑部城。すぐ北側には都田川の本流が流れています。永禄11年(1568)12月、この地の人々がここに城柵を築いて立てこもり、徳川家康の軍と戦い敗れました。現在、県道の北側に位置する城址には、今までも当時の犬走りや井戸が残っています。姫街道の...

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米津台場 ~浜松藩の幕末海防~

堀川城から予定通り中田島砂丘へ向かいます。浜松中心市街を抜けるのは混雑が激しそうなので西側からの迂回ルートを選択したものの、週末の帰宅ラッシュの時間帯と重なり、こちらのルートでも渋滞に巻き込まれる。日本全国どこへ行っても渋滞は嫌なものです。R1に出てしまえば交通量は多くとも流れもいいのですが、流れのいい道ともすぐにおさらば。R1浜松バイパス「米津」交差点で右折します。するとすぐに道路左手にこんもりとし...

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堀川城 ~やりすぎ家康 滅ぼされた気賀一揆~

気賀関所や大河ドラマ館のある場所から、細江警察署前の変則交差点を南西へ400mほど進んだところが「伝堀川城跡」です。駐車場はありませんが路肩のスペースに停車可能。 海抜1.3m                         首塚周囲は田んぼの広がる低地で一見すると要害性は皆無。往時は満潮時には船を使わないと城へ行けなかったといい、浜名湖や都田川などを天然の堀とし、湿地帯を防御に利用した水辺の砦であった...

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気賀関所 ~姫街道の要衝地~

気賀陣屋からほど近い気賀関所へ移動。場所は普通の道路地図にも記載されています。当サイトでは関所や番所も広義の城館として掲載しているので(cf:小野口番所、栃本関、川浦口番所など)、ここでも一応城館として掲載します。 東海道三大関所          西日がまぶしいここでいう三大関所とは、気賀関所のほか箱根関所と今切(新居)関所。三大関所という言葉がどのくらい浸透しているかはわかりませんが、この関所が...

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気賀陣屋 ~旗本気賀近藤氏の陣屋~

三岳城探訪終了後。救急車が去るのを待ってから車に乗り込み、さてこれからどうしよう。現在地。本日の今後の予定は未定。ついでに明日も明後日も細かいことは何も決めていません。『直虎GUIDE BOOK』を見ればいろいろ書いてあるのですが、そのことに気が付くのは家に帰って改めて資料を読み直してから。この時はまとめて資料ファイルの中に放り込んでありました。とりあえずタブレットを操作し、地図とにらめっこしてみると・・・...

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三岳城② ~遠州の絶景~

前回ラストの一の城と二の城の間の鞍部には新しめの説明板も設置されています。ここから一の城へ、最後の登りが待ちかまえます。...

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三岳城① ~宗良親王籠城・南朝の拠点~

井伊谷宮から再び宗良親王墓前~龍潭寺前と往路を逆戻りし駐車場へ帰還。なんか疲れたなあ。考えてみたら今日は深夜0時過ぎに自宅を出発してからここまで、寒さに震えて仮眠(→参照)した以外はひたすら運転か探訪をし続けていたからなあ。その間、水分以外はエネルギー補給のチョコくらいしか口にしていないし。車の中に入ると日差しが照って暑いくらい。ドアを半開きにし、ちょっと運転席で休憩。・・・ハッ、少しまどろんでしま...

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井伊谷陣屋 ~旗本井伊谷近藤氏の陣屋~

地域遺産センターで入手した「周辺マップ」によると、井伊氏居館の南西に「井伊谷近藤家陣屋跡」の記載があります。井伊氏居館図(再掲)こちらの図にも居館三ノ丸部分に「近藤彦九郎御陣屋」の文字があります。彦九郎とは井伊谷藩初代近藤秀用の四男彦九郎用義のこと。...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日生野菜摂取しないと死ぬ。
© 2010 城館探訪記

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