記事一覧

彦根城(先行公開)

彦根城といえば、やはりアヤツの存在が大きい。コヤツ。はて?こんなフォルムだったっけか・・・?...

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安土城(先行公開)

自分が自力で城めぐりをはじめて以降、滋賀県で真っ先に訪れたのがこの安土城。とは言っても滋賀県自体は小学生のころ家族旅行で訪れており、有名な観光地はひと通り訪問済み。安土文芸の里。実はここも再訪。信長の館内部はその時入館しているので、今回は受付で100名城スタンプを押させてもらっただけ。それ以外にもいろいろ見るべきものが多かったのは新たな発見。...

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浮気城 ~うわき城?~

六角氏に仕えた浮気氏の居城。住吉神社境内には幅2m、高さ1.5mの土塁と堀が残る。町内には、これに続いて土塁と堀が円周状に残っている。(近江の城50選より)...

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膳所城 ~三大湖城・琵琶湖の浮城~

膳所城は大津市街の東部に位置し、相模川河口付近にあった膳所崎と呼ばれる琵琶湖に突き出た土地に築かれた水城であり、日本三大湖城の一つに数えられ、また大津城、坂本城、瀬田城と並ぶ「琵琶湖の浮城」の一つである。陸続きの部分に三の丸を配し、二の丸・北の丸・本丸が琵琶湖に突出する梯郭式の縄張りであった。湖の中に石垣を築き、本丸西隅には4重4階の天守が上げられ、水面に映える姿は里謡に「瀬田の唐橋からねぎぼし、水...

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大津城 ~「蛍大名」京極高次の関ヶ原~

現在の滋賀県大津市浜大津、京阪電鉄浜大津駅周辺一帯にあった水城で、本丸は、現在の琵琶湖大津港桟橋付近にあたる。関ヶ原の戦いでは上田城などと共に、数少ない激しい城の攻防戦が行われた。その騒音は連日京都にまで届き、市民の中には弁当と水筒持参で見物に行く者まで出たという。戦後に廃城となり、天守などが膳所城や彦根城に移築されたと伝えられる。彦根城の天守がかつての大津城天守の用材を転用して建てられている可能...

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坂本城 ~その豪壮華麗さ、安土城に次ぐ~

・・・それは日本人にとって豪壮華麗なもので、信長が安土山に建てたものにつぎ、この明智の城ほど有名なものは天下にないほどであった。                           —宣教師ルイス・フロイス『日本史』...

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豊臣秀次館 ~殺生関白か、名君か~

八幡山城の山麓に、城主であった羽柴秀次の居館がありました。城主といっても、通常険しい山上の本丸で生活していたわけではありません。山城がある場合、普段はその麓にある居館部で生活していたというのが一般的で、これは中世も近世も基本的には同じです。...

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八幡山城② ~日没との戦い~

北の丸での眺めを堪能したのち、もう一つの目的に向けて動き出します。その目的とは、この北側の尾根伝いにある北之庄城を攻略することです。山麓にある北之庄神社から登るのが王道ですが、尾根筋を伝った方が早いという情報を入手していました。といっても、またしても事前情報収集時間の短さにより、どの程度の距離・時間かということはさっぱり不明。この日はかなり攻城失敗しているので、何となくまた失敗しそうな予感・・・し...

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八幡山城① ~青年大名秀次の居城~

別名近江八幡城。八幡山(標高286m)の山上に築城された。城下町は安土城城下町を移住させて形成し、現在は一部が城下の「日牟禮八幡宮境内地」「八幡堀」とともに重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。八幡堀は琵琶湖の水を引いて作られた堀で戦闘の用をなすだけでなく運河の役割も果たしていた。天正13年(1585年) 羽柴秀次によって築城。天正18年(1590年) 尾張・清洲城へ移った秀次にかわって京極高次が入城。文禄4...

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観音寺城⑤ ~巨大山城の弱点~

正面に標柱発見。 「伝 落合氏屋敷跡」とあります。一般に落合丸と呼ばれているところです。...

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観音寺城④ ~湖国の大パノラマ~

前回ラストの分岐点で、三角点方向に掲げられているのがこれ↓...

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観音寺城③ ~目指すは三角点!~

小谷城に続き、再訪の陣となった観音寺城。前回訪問時に見落としたポイントを整理しましょう。(前回の登城記はこちら)細かいポイントを上げたらきりがないので、特に大規模な遺構が残る場所に限定すると、・平井丸・池田丸・淡路丸・大見付これらの場所を確認するのが今回のリベンジ戦の目標です。それと、前回もちょっと気になった三角点の標識。その標識の先には何があるのだろうか。...

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佐生城 ~看板はドコ?~

佐生城(別名佐生日吉城)は観音寺城主六角氏の重臣後藤氏の居城です。観音寺山の北側に伸びる尾根の先端に位置し、観音寺城を守る支城として機能しました。城域は小規模ながらも、かなりの石積みが残っているとのこと。場所は猪子山公園のある山の東の先端近くらしい。とりあえず北向岩屋十一面観音下の駐車場まで、車で登ることができます。...

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下之郷城 ~石碑の集落~

犬上郡甲良町、甲良中学校の向かいにある桂城神社周辺の一帯が下之郷城の跡地です。多賀豊後守の居城と伝えられています。神社周辺には土塁のような地形もあり、いろいろ碑が立っていたので写真にも収めたのですが、「桃源郷」と書かれた碑で、城館と全く関係なかったのでその日の夜のホテルで空き容量を増やすために消去してしまいました。神社の写真くらいは残しておけばよかった(T_T)...

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在土館 ~藤堂高虎の出生地~

在土館は築城家としても有名な藤堂高虎の出生の地とされ、現在は在土高虎公園として整備されています。R8からr13を経由し、犬上郡甲良町に入る。甲良神社を横目に通過し、甲良町役場の少し手前に公園があります。...

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佐和山城② ~もののふの夢 佐和山~

竹林を進みます。 かなり昔からありそうな案内石碑。本丸まで二丁。...

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佐和山城① ~三成に過ぎたるもの~

「三成に 過ぎたるものが二つ有り 島の左近に 佐和山の城」このように唄われるほど、かつての佐和山城は威容を誇っていました。関ヶ原で三成率いる西軍が敗北した2日後、小早川秀秋らを主力とする軍勢に囲まれ、衆寡敵せず落城。廃城後、彦根城へ移築された建造物を除き、城は徹底的に破城されました。その後長らく埋もれてきましたが、近年測量・発掘調査などが行われ、整備も進んできているようです。また三成を愛する歴女と...

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プロフィール

KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日生野菜摂取しないと死ぬ。
© 2010 城館探訪記

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