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記事一覧

長浜城 ~秀吉の出世城~

1573年(天正元年)に羽柴秀吉(豊臣秀吉)が浅井長政攻めの功で織田信長から浅井氏の旧領を拝領した際に当時今浜(いまはま)と呼ばれていたこの地を信長の名から一字拝領し長浜に改名した。小谷城で使われていた資材や、あらかじめ、竹生島に密かに隠されていた材木などを見つけ出し、それらを使用し築城を開始した。同3・4年頃完成し入城。湖水に石垣を浸し、城内の水門から直に船の出入りができるようになっていた。城下町は小...

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石田屋敷 ~石田三成のふるさと~

先の大河で小栗旬が演じた影響もあってか、近年歴女の方々の間で石田三成が人気なんだとか。その三成の居城というと佐和山城が有名ですが、それとは別に出生の地には居館跡があるという。場所は長浜市、その名も石田町。詳しい場所までは不明であったが、とりあえず姉川古戦場から南へ。r37東上坂町交差点を南へ進み、石田山公園の西側を進んでいくと、途中道端に標柱が立っているのを発見。...

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三田村氏館 ~姉川合戦・朝倉軍本陣~

三田村氏は元京極氏の根本被官であり、江北を支配し近江守護となった京極高清に仕え、明応5年(1496)には浅井直種らとともに美濃斉藤利国の援軍として出兵『船田後記』するなど、各地を転戦して功を挙げている。その後、浅井氏の江北での勢力の拡大に対して、一族の中に反感を持つものが出て内紛を生じたようで、大永5年(1525)、六角定頼が江北に侵攻した際に一族が分裂し、浅井方についた三田村氏はその後、浅井氏の江北におけ...

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小谷城⑤ ~法師蝉啼く・・・~

登りは続く・・・...

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小谷城④ ~リアル小谷城攻城戦~

浅井家の宣伝。浅井家家紋・三盛亀甲剣花菱浅井三姉妹Tシャツなるものもあるようです。これはカッコイイ。...

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小谷城③ ~再訪の陣・清水谷武家屋敷群~

東野山砦から一路小谷城を目指します。ただでさえ予定よりだいぶ時間が押しているのに、気温も35℃に達しそうな勢い。どうなってるんだ。堂木山砦・田上山砦・山本山城・虎御前山城などを横目に眺めながらも、時間の都合上すべてスルー。すぐ近くを通りながら登城しないなんて、勿体ないお化けが出ますぞ。まあいい。再訪時のお楽しみにとっておこう。こんな感じで再訪リストは増えていく一方なのでした。...

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東野山砦 ~堀秀政が布陣!らしいが・・・~

東野山砦は天正11年(1583)の賤ヶ岳の戦いに際して、羽柴秀吉軍の堀秀政が布陣した砦です。堀秀政は「名人久太郎」の異名を持つほど傑出した才能の持ち主であったとされ、織田信長・豊臣秀吉からも高く評価された武将です。蒲生氏郷と並び、もう少し長生きしていれば五大老級の要職を得ていたことと思われます。してこの砦ですが、築城合戦の様相を呈した賤ヶ岳の戦いにおける、秀吉方の最前線の砦となります。この重要な拠点を任...

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玄蕃尾城③ ~技巧的要塞、山上に眠る~

搦手郭から主郭へ戻ります。主郭の北側虎口。...

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玄蕃尾城② ~土造りの織豊系城郭~

玄蕃尾城(内中尾山城)は滋賀県と福井県境の柳ケ瀬山上にあり、賤ヶ岳の合戦(天正11年・1583年)の際、柴田勝家の本陣が置かれたところである。極めて限定された時期の城郭であり、中世城郭から近世城郭への過渡期にあたる城郭編年の標式として重要な遺構である。...

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玄蕃尾城① ~賤ヶ岳の合戦・勝家本陣~

玄蕃尾城は賤ヶ岳の合戦(天正11年・1583年)の際、柴田勝家の本陣が置かれた場所です。ここを訪れるような人はかなりコアな城郭マニアの方が多いそうですが、そういった目の肥えた方々からも軒並み高評価を受けているお城です。また小学館名城百選にも選出されており、素晴らしい城郭には間違いなさそうです。が、他者が高評価を出していようとも、自分の目で見るまでは何とも言えません。「どれほどのものか確かめてやろう」くら...

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小谷城② ~長政とお市・夢の跡~

京極丸が陥落したことにより城内の主要部を2分された形となり、ついに大勢は決しました。...

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小谷城① ~中世城郭の旗手~

2011年の大河ドラマ「江 ~姫たちの戦国~」信長の妹・お市の方の三女にして、徳川二代将軍・秀忠の正室、三代将軍・家光の生母「江(ごう)」の生涯を描きます。江は、近江国小谷城主・浅井長政と、織田信長の妹・お市の方の三女として生まれる。歴史上名高い“浅井三姉妹”の末妹。江の生後間もなく、父・長政は信長に滅ぼされる。のちに母・市は柴田勝家に嫁ぐが、勝家は秀吉に敗れ、市も自刃。秀吉にひきとられた三姉妹のうち、...

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観音寺城② ~幻の巨大山城~

観音寺城は繖山全山が城域で、小さいものまで含めると総曲輪数が1000を超えるというトンデモな山城です。その中でも中心部になるところは、観音正寺より奥にあります。 本堂の手前に「観音寺城跡310m」の看板があります。これに従い脇道に降りていきましょう。...

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観音寺城① ~巡礼道を逝く~

間違えた、~巡礼道を行く~です。近江源氏の佐々木氏、後に近江国守護六角氏の居城で、小脇館、金剛寺城を経て六角氏の本拠となる。標高432.9メートル、南北に伸びる繖(きぬがさ)山の山上に築かれる。南腹の斜面に曲輪を展開、家臣や国人領主の屋敷を配した。総石垣で、安土城以前の中世城郭においては特異な点とされる。天文年間には城下町・石寺も置かれ、楽市が行われていた。周辺は琵琶湖や大中の湖、美濃から京都へ至る東...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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