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記事一覧

古宮城① ~徳川領に打ち込んだ三河進出の拠点~

2018.9 近畿・東海大遠征【6日目の主な行程】自在竜神の伝説→作手歴史民俗資料館→古宮城→亀山城→吉田城→浜松城→引間城→さわやか前日5日目に引き続きの雨模様の天気の中、早朝より奥三河の山奥の道を突き進みほぼ開館時間ちょうどに作手歴史民俗資料館に到着。作手歴史民俗資料館入館無料。続100名城のスタンプは受付にて。状態は良好。150/200(続50/100)個目のスタンプ...

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吉田城② ~風は山河より~

吉田城の天守について。吉田城には天守はないといわれていましたが、本丸鉄櫓を「天守」と書かれた絵図面が少なくとも7点確認されており、また丸亀城天守と構造が類似しており、四方に窓があり、本丸御殿も見下ろせることから、鉄櫓が天守相当であったとの考えもあります。鉄櫓の高さは15m、石垣は9m、その最下部に川手三重櫓が建ち、対岸から見る鉄櫓は高さ30m余の「五重天守」としての雄姿を誇っていました。対岸から撮影した...

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吉田城① ~東三河の最重要拠点~

2018.9 近畿・東海大遠征【6日目の主な行程】自在竜神の伝説→作手歴史民俗資料館→古宮城→亀山城→吉田城→浜松城→引間城→さわやか豊橋市の中心部、現在の豊橋公園を中心とした一帯が吉田城の城域です。公園内の無料駐車場に駐車し散策開始。...

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小牧山城③ ~小牧・長久手の戦い~

主郭跡織田信長が城を築き、のちに徳川家康の本陣となったところ。周囲に石垣の跡が部分的に残っています。...

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小牧山城② ~麒麟の城~

麒麟の城(信長花押)戦国時代、手紙の最後のサインとして使われていた花押(かおう)。信長は一生の間に10回も花押を変えたといわれている。信長16歳の花押は家柄重視。13歳の元服で三郎信長と改名し、後に父信秀が死に、信長が家を継いだ天文18年頃に初期の花押は誕生した。足利様という足利将軍家の花押を意識したもので父信秀の花押に似ていた。信長21歳の花押は自分の名前。右の部分は「信」の字を裏返して図案化し、左...

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小牧山城① ~清洲から小牧山へ~

2018.9 近畿・東海大遠征7:40 小牧山南麓城の沿革が記された説明板が設置されていますが、この城は説明板の設置数が非常に多く沿革的なものもかなりダブるものが多いため、基本的な説明はwikiから引っ張ってきます(代わりに個別具体的なものはできるだけ紹介していきます)。濃尾平野の独立峰である小牧山に築城された城で、織田信長が美濃攻めを終えるまでの4年間しか使用されなかった。このため、急造の砦に近いものと想像され...

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野田城 ~笛の音 銃声一発~

2016.10 名古屋・大阪編新城城から野田城へ移動。 「笛の盆」の幟の立つ現地到着。二の丸跡の表示場所に説明板二つ発見。...

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新城城 ~長篠合戦後に築かれた新城~

2016.10 名古屋・大阪編設楽原から新城市の中心部に移動。市役所そばの新城小学校がかつての新城城の跡地であるという記憶があったのでそこを目指します(よく跡地の場所の記憶が残っていたと我ながら思う)。ただスマホもタブレットもないので詳細情報がわからないのが非常に厳しい。新城市役所前の道は大手門通りという名称で、ここが城下町であった名残りを感じます(江戸期は陣屋が構えられていた)。天正3年(1575年)、長篠...

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徳川家康本陣 ~設楽原決戦・家康本陣~

2016.10 名古屋・大阪編東郷中学校のすぐ西隣、八剱神社周辺が設楽原決戦時に徳川家康が本陣を構えたところ。「家康が 本陣ここに 八剱山」...

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長篠陣屋 ~旗本一色氏の采地陣屋~

長篠城の二の丸・糧庫跡の標柱そばに次の石碑が立っています。林藤太夫高英屋敷跡この近くに家老屋敷跡の標柱があったのでここもそのうちの一つなのかと思いましたが、ほかの標柱と作りが違う立派な石碑であったため感じるところがあり、念のため単独で写真撮影。後日確認したところ、やはりここが旗本一色氏の采地陣屋である長篠陣屋の跡地であったことが判明しました。長年城館巡りをしていると事前知識がなくとも第6感が働くこ...

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長篠城② ~長篠合戦の舞台~

長篠の戦いは、戦国時代の天正3年5月21日(1575年6月29日)、三河国長篠城(現・愛知県新城市長篠)をめぐり、3万8千人の織田信長・徳川家康連合軍と、1万5千人の武田勝頼の軍勢が戦った合戦である。決戦地が設楽原および有海原(『藩翰譜』・『信長公記』)だったため、長篠・設楽ヶ原の戦いと記す場合がある。(wiki参照・以下特別に記載のないものは同じ)本丸碑甲斐国・信濃国を領する武田氏は、永禄年間に駿河の今川氏の領国...

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長篠城① ~境目に築かれた天嶮の要害~

2016.10 名古屋・大阪編馬場美濃守信房の墓の次に訪れたのが長篠城。前回の訪問は100名城スタンプ集めの際の2008年9月(先行公開参照)なので丸8年ぶりの再訪。同じところは極力訪れない主義だが、例の事件により写真データが消滅しており今回の訪問はある意味いい機会。駐車場に車を停めるとさっそく現れるこの塁壁。一瞬で記憶が呼び起こされます。...

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清洲城 ~尾張の首府~

2016.10 名古屋・大阪編志賀城の次に向かったのが清洲城。「清洲総合福祉センター」に隣接する公園駐車場に駐車。無料です。駐車場からの城への入口。なおこの駐車場は午後5時に閉門されるとあります。現時刻は午後4:43。キビシイ時間帯です。まずは「←古城址」の表示の先へ。...

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志賀城 ~平手政秀屋敷~

2016.10 名古屋・大阪編名古屋城の北方2kmほどのところに築かれていたのが平手政秀の居城とされる志賀城。跡地は現在志賀公園となっています。公園内にある平手政秀邸址石碑と彰徳碑...

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那古野城 ~今川氏親が築いた尾張進出の拠点~

家康大河も始まったことなので愛知県と静岡県の城館の在庫を消化していこうと思い立ちました。先行紹介でない城館記事掲載は確認したところ実に妹ヶ谷城以来丸4年ぶり。リハビリを兼ねて掲載が簡単そうなやつを選んでいきます。まずは2016.10 名古屋・大阪編からいくつかピックアップ。この時の遠征に関しては真田丸(城館扱いの方)およびその周辺の探索(三光神社など)のみ先行して本掲載していますが、本来の時系列では第1日目...

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清洲城(先行公開)

【メモ】尾張守護の斯波義重によって尾張守護所である下津城の別郭として築かれたと伝わる。のち守護代織田氏の居城となり、織田家とのかかわりは深い。近くにある清洲公園はパワースポット。【探訪記】2016.10 名古屋・大阪...

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名古屋城(先行公開)

国特別史跡・日本三名城 名古屋城!本丸御殿 表書院 上段之間・一之間...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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