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記事一覧

松岸寺館 ~伝・佐々木盛綱館~

2018年11月 安中・松井田探訪 新寺館の次に向かったのは磯部小学校の北西にある松岸寺。便宜上松岸寺館として掲載します。なぜ城館表記で掲載するかというと、この地が佐々木盛綱の館と伝わるため。佐々木盛綱について、以下wikiより抜粋。佐々木盛綱は、平安時代末期から鎌倉時代初期の武将。加地盛綱とも呼ばれる。近江の宇多源氏佐々木氏棟梁である佐々木秀義の三男として生まれる。幼名(初名)は父の1字を取って秀綱といっ...

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新寺館 ~人見城の関連城館か~

2018年11月 安中・松井田探訪 松井田宿散策に続いて向かったのは松井田町二軒在家にある河田陣屋。『群馬の城館マップ』にポイントしておいた該当地に到着し、陣屋跡と思しき場所の藪を撮影して「該当地は現在藪になっている」ということを確認して満足し次の場所へ。・・・が、記事を作成の段になって資料を確認するとポイントしていた位置が実際の跡地よりも150mほど西にずれていたことが判明。跡地と思って撮影した藪は正真...

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徳右衛門屋敷 ~松井田宿脇本陣②~

2018年11月 安中・松井田探訪 安兵衛屋敷に続いて向かったのは松井田宿のもう一つの脇本陣・徳右衛門屋敷(徳右衛門脇本陣)。安兵衛屋敷と同じ用途で設けられた公認の屋敷跡で、建坪は約73坪であったと記録されています。再掲図。この図で②と表示されているところが徳右衛門屋敷の跡といいます。...

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安兵衛屋敷 ~松井田宿脇本陣①~

2018年11月 安中・松井田探訪 松本本陣に続いて向かったのは松井田宿に二つある脇本陣の一つ・安兵衛屋敷(安兵衛脇本陣)。大名や旗本、幕府役人、勅使、宮門跡などの宿泊所として設けられた公認の屋敷跡で、建坪約82坪、玄関門構えはなかった建物であったとのこと。再掲図。この図の⑨と表示されているところが安兵衛屋敷の跡といいます。...

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松井田宿松本本陣 ~駒之亟屋敷~

2018年11月 安中・松井田探訪 金井本陣に続いて、松井田宿もう一つの本陣・松本本陣へ。入手したマップを見ると「第2パーク」を起点にした方が便利そうなので、車を「商店街無料パーク」から「第2パーク」へ。こちらの駐車場は街道から奥に入ったところにあり、わざわざ移動したものの歩く距離はそれほど変わらなかった。現地案内板より。現在地が表示されていること以外は手持ちのマップと同じ図で、松本本陣の表示が見られます...

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松井田宿金井本陣 ~藤右ヱ門屋敷~

2018年11月 安中・松井田探訪酒盛城から引き続き西へ進み松井田町へ。旧中山道は松井田の信号で国道から別れ松井田中心部に入っていきます。この中心部がかつての中山道松井田宿で、今も古い町並みが残っています。こういった古い町並みの中心部は、道が細かったり駐車スペースがなかったりで車利用者にとって訪問しにくい場合がままあるのですが、ここ松井田宿は宿の中心部に「商店街無料パーク」と称して無料の広い駐車場が完備...

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酒盛城 ~国道貫通で消滅~

2018年11月 安中・松井田探訪八本木旧立場茶屋から旧中山道を西へ。郷原の内出を越えしばらく進むと道はR18と合流。合流地点の国道わきには「妙義道常夜燈」があります。そのすぐ西隣に築かれたのが酒盛城。伝承では武田信玄・勝頼が松井田城を攻略した際にこの砦で酒盛りをしたと伝わるも、その他詳細は不明。...

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八本木旧立場茶屋 ~隣に日本三地蔵~

2018年11月 安中・松井田探訪五十貝家茶屋本陣から旧中山道を西に進み、安中二中・六本木公園を過ぎた場所にあるのが八本木旧立場茶屋。「立場」とは主要街道の宿場町が遠い場合や峠のような難所に設けられた休憩施設のこと。江戸時代の宿場は、原則として、道中奉行が管轄した町を言う。五街道等で次の宿場町が遠い場合その途中に、また峠のような難所がある場合その難所に、休憩施設として設けられたものが立場である。茶屋や売...

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五十貝家茶屋本陣 ~明治天皇原市御小休所~

2018年11月 安中・松井田探訪この日は安中宿本陣から大手坂~旧碓氷郡役所~安中教会~安中藩郡奉行役宅~安中藩武家長屋~新島襄旧宅と探訪していますが、これらの掲載はまた後程。新島襄旧宅から引き続き旧中山道沿いに西へ向かい、原市地区へ。しばし旧街道を進むと左手に「原市高札場跡」の表示が現れます。ここは以前安中杉並木の項で掲載した場所であり、再訪になります。原市高札場跡・明治天皇原市御小休所再訪を好まない...

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安中宿本陣 ~日本橋から15番目の宿場町~

2018年11月 安中・松井田探訪中山道六十九次、江戸(日本橋)から15番目の宿場町であった安中宿。規模は本陣1、脇本陣2、旅籠17で、現在の安中郵便局の場所にその宿本陣が置かれていたといいます。郵便局を目指し国道18号バイパスから街中に入る旧道へ。安中郵便局の入口前にある「安中宿本陣跡」の石碑と表示看板。ひっそりと佇んでおり普通の人は気にも留めませんが、石碑・標柱ハンターからすれば立派な表示物があって小躍りし...

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富岡城 ~結城合戦に関連あり?~

2018年1月 富岡探訪この日ラストに訪問したのが十王山の砦の本城である富岡城。近年新たに切り開かれた県道10号バイパス。見事に尾根を、というか山陵そのものを断ち切っています。分断された向かって左手の山上に築かれたのが十王山の砦、右手の山上に築かれたのが富岡城。...

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十王山の砦 ~富岡を一望する烽火台~

2018年1月 富岡探訪星田城の次に訪れたのが十王山の砦(十王山烽火台とも)。場所はずばり富岡中心市街地の北側にある城山公園山上。城山公園駐車場 山上への道                  ベンチまずは公園南側にある無料駐車場へ。地図を見ると北側から山上まで車道が伸びているようですが、かなり遠回りになることと道幅が不安なことから、無難に駐車場から山を登ることにしました。比高はそれほどでもありませんが、...

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星田城 ~崖線に臨む城~

2018年1月 富岡探訪田篠の内出の次に訪れたのが星田城。鏑川と高田川が合流する場所の北岸に築かれた城で、城主等詳細は不明。城に向かう途中R254富岡バイパスの下をくぐると「城下公園」という名称の公園があるのですが、この「城下」がどこの城のことを指しているのか不明。距離的に一番近いのは星田城なのですが、川を挟んでいて地区も異なっているため関連性は薄いと思われます。ここから高田川を渡って進むとすぐに右手に塁...

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田篠の内出 ~玉石垣の集落~

2018年1月 富岡探訪高瀬陣屋の次に訪れたのが田篠の内出。鏑川と雄川に挟まれた半島状の合流点に所在し、中内出の地名も残りますが、内出(砦)の沿革は不詳。川に挟まれた先端部近くには慈覚寺があり、ひとまずそこを目指します。慈覚寺寺院の建つ場所はちょっとした高台になっており、このあたり一帯が砦の中心部分であるように思えますが、特に遺構はありません。...

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高瀬陣屋 ~溝口氏の分地陣屋~

2018年1月 富岡探訪黒川城の次に訪れたのが高瀬陣屋。場所は上信越道富岡ICそばにある光厳寺のすぐ北側下の平地。高瀬陣屋は越後国新発田藩主溝口秀勝の次男・溝口伊豆守善勝が慶長14年(1609)幕府より二千石を賜わり、現地支配のために設けた陣屋であるといいます。江戸中期には藩主が陣屋を引き払って江戸に移り、それによって陣屋も廃止されたとのこと。...

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黒川城 ~渋谷次郎高重、黒川郷を賜る~

2018年1月 富岡探訪金毘羅山の砦の次に訪れたのが黒川城。場所はもみじ平総合公園の南、雨宮神社のすぐ西側の台地上先端になります。南側斜面にある不動尊を目標にするのが分かりやすい。不動尊近くの路地は狭いので車は近くにある黒川ふれあい公園の駐車場へ。ちなみにこの城、グーグルマップを拡大していくと誰が登録したのか城名が表示されるのですが、その表示位置が実際の場所とかなりずれているので注意が必要です。  公...

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金毘羅山の砦 ~小幡羊太夫伝説の残る砦~

2018年1月 富岡探訪この日1か所目の高林城の探訪を終え、続いて訪れたのが金毘羅山の砦。もみじ平総合公園の交差点を西に進み、上黒岩地区と黒川地区の境付近で道がカーブしている場所の西側の山上にあります。上黒岩地区と黒川地区の境にあたる切り通し地形。左手の山上に砦が築かれていました。カーブ部分に広い余白があるので駐車には困りません。...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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