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記事一覧

脇坂安治陣 ~関ヶ原陣地群⑨~

2018.9 近畿・東海大遠征福島正則陣および京極高知・藤堂高虎陣の南、黒血川と藤古川に挟まれた松尾山の麓に位置するのが脇坂安治陣跡。現在はすぐ近くを名神高速が横切っています。高速沿いの道から少し南に入ったところにある陣跡。...

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藤堂高虎・京極高知陣 ~関ヶ原陣地群⑧~

2018.9 近畿・東海大遠征福島正則陣跡の東、関ケ原中学校の敷地周辺が藤堂高虎・京極高知陣跡。案内表示に沿って進んだら中学校の敷地内を示していて中に入っていいのか少し戸惑うも、門の先すぐ隣に陣跡を示す石碑と説明板等が設置されています。...

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福島正則陣 ~関ヶ原陣地群⑦~

2018.9 近畿・東海大遠征関ケ原町松尾にある春日神社周辺が福島正則陣跡。無料駐車場あり。福島正則は、幼少より豊臣秀吉に仕え、豊臣家を慕う気持ちは強かったが、石田三成とは犬猿の仲で、会津征伐の途上で開かれた小山評定では真っ先に徳川家康への加勢を表明したといわれる。以来、常に先鋒を任され、美濃へ侵攻して竹ヶ鼻城や岐阜城を攻め落とした。戦いの前日も、東軍の先鋒として約6,000の兵を率い、夜半に岡山(大垣市)を...

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関ケ原宿脇本陣 ~至道無難禅師生誕地~

2018.9 近畿・東海大遠征関ケ原駅の南、R21旧道沿いに古めかしい門と説明板・石碑が建っています。至道無難禅師生誕地 関ケ原宿脇本陣跡...

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松平忠吉・井伊直政陣 ~関ヶ原陣地群⑥~

2018.9 近畿・東海大遠征関ケ原駅の西にあるのが松平忠吉・井伊直政陣跡。幟旗や説明板があるので見つけやすい。松平忠吉は徳川家康の四男。東条松平家第4代当主、尾張清洲藩主。井伊直政は井伊氏第20代当主。上野国高崎藩の初代藩主、後に近江国佐和山藩(彦根藩)の初代藩主。直政から見ると忠吉は娘婿であり、その関係で初陣の忠吉の後見に当たっています。...

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徳川家康最後陣 ~関ヶ原陣地群⑤~

2018.9 近畿・東海大遠征田中吉政陣に隣接して広い公園(陣屋野公園)が整備されていますが、この公園一帯が桃配山の最初陣から前進してきた徳川家康が最後に陣を構えた場所になります。徳川家康最後陣地慶長5年(1600)9月15日午前6時ごろ、徳川家康は桃配山に布陣していたが、戦況が把握できないため、午前11時頃、笹尾山の石田三成本陣からわずか数百メートルのこの地に本陣を移し、全軍の指揮にあたった。善戦する西軍にいらだ...

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田中吉政陣 ~関ヶ原陣地群④~

2018.9 近畿・東海大遠征徳川家康最初陣から決戦当日の家康の前進をなぞるように西進。関ケ原関連施設の立ち並ぶ陣屋野公園付近に石碑発見。田中吉政陣跡田中吉政は、約3,000の兵を率いて細川忠興や黒田長政らとともに石田三成と戦い、激戦の末、最後は諸将と共同して石田隊を壊滅させている。合戦後、徳川家康に、逃走した三成の探索を命じられた吉政は、古橋村(滋賀県長浜市)の洞窟に潜んでいた三成を捕縛する大功を挙げた。吉...

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徳川家康最初陣 ~関ヶ原陣地群③~

2018.9 近畿・東海大遠征山内一豊陣跡の西側にある桃配山が徳川家康が関ヶ原合戦時に最初に布陣した場所。R21旧道沿いに小高い丘のように張り出している桃配山。国道の反対側に専用の駐車場あり。...

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山内一豊陣 ~関ヶ原陣地群②~

2018.9 近畿・東海大遠征池田輝政陣跡から西へ進み、旧中山道に入り関ヶ原宿のすぐ手前にあるのが山内一豊陣跡。ちなみにこの二つの陣跡の中間地点に浅野幸長陣跡もありますがこの日は見逃しました(垂井一里塚のところ)。...

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池田輝政陣 ~関ヶ原陣地群①~

2018.9 近畿・東海大遠征南雲大社の駐車場にこのような表示があります。安国寺恵瓊陣跡・毛利秀元陣跡先を急いでいたので向かいませんでしたが、国道に出たところまたも案内表示を発見。...

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大垣城③ ~「水の城」復活への構想~

大垣城本丸城郭図その①で示したように大垣城は広大な縄張りを持つ城ですが、現在そのほとんどは隠滅し、本丸部分ですらこの図のようにごく一部の建物の再建にとどまっています。...

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大垣城② ~関ヶ原の戦い西軍本拠~

大垣城の歴史について、以下特別な記載がない引用はwikiより。1500年(明応9年)に竹腰尚綱によって揖斐川(牛屋川)東河岸にあった牛屋に築かれたともいわれ、1535年(天文4年) に宮川安定が大尻に築いたともいわれる。この当時は、牛屋城と呼ばれていたとされている。牛屋川を外堀の代わりに利用し、本丸と二ノ丸のみであった。戦国時代には大垣城は戦略上重要な地点であったため争奪戦が繰り返され、織田氏、斎藤氏、織田氏と...

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大垣城① ~四層天守聳える水の城~

2018.9 近畿・東海大遠征飯沼慾斎邸から大垣城へ。前回訪問したのは2011年9月なので、丸7年ぶりの再訪になります。奥の細道むすびの地 第二駐車場こちらの駐車場が無料(普通車以下)で利用できることは事前にリサーチ済み。城や大垣公園、大垣市郷土館などに近く便利です。...

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飯沼慾斎邸 ~日本植物学の創始者~

2018.9 近畿・東海大遠征真清田神社を後にし、次の目的地は大垣城。過去に登城済みの城ですが、続のスタンプ回収のために再訪することになりました。今回の遠征はスタンプ回収のために再訪する城が多くなっています。有名な城を再訪するより無名でも未訪の城を訪れたい私としてはちょっと複雑な気分。木曽川を渡り岐阜県に入り、さらに長良川、揖斐川を渡って大垣市へ。事前に調べていた無料駐車場へ向かい市街地中心部を進んでい...

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藤橋城(先行公開)

【メモ】1989年に旧藤橋村が建設した町営のプラネタリウムで、模擬天守好きの私的にはお気に入り。南北朝期にはこの地に新田義貞の杉原砦が築かれており、城郭風建造物を認めないお堅い人も正規の城館探訪としてカウント可能。【探訪記】2011.9 滋賀・岐阜探訪...

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苗木城(先行公開)

真100名城候補の一つ・赤壁の城巨岩を利用した天守台。展望台となっている頂上部分の木の枠組みも適当に作られたものではなく、既存の柱穴を利用して天守三階部分の床面を想定復元したもの。...

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岩村城(先行公開)

言わずと知れた三大山城の一つ。その標高は721m(現地看板では717m)で、近世になっても存続した城の中では最高所となる。ちなみに近世以前に廃城になった城を含めればこれより高い標高の城はたくさんある。自分がこれまで訪れた城の中で最も高所にあったのは御坂城(山梨)で、御坂峠を抑えたこの城の標高は実に1596m。麓にある表御門・平重門・太鼓櫓。この場所はもともと藩主邸があった場所で、現在は歴史資料館が建っている...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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