記事一覧

栃尾城(先行公開) 

鶴城山山頂。ここが栃尾城の主郭。上杉謙信が小壮期を過ごした地として知られる。山頂は老夫婦や家族連れで賑わう。山道は整備されているのでピクニック気分で登れるが、道はそれなりに急峻。少なくとも100名城に選定されているような並の観光地山城よりかはこちらの方が登るのは大変だろう。...

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春日山城(先行公開)

城下を眺める謙信の姿。5年前に訪れたこのときはこの像のすぐ下に車を止めることができた。今はどうか知らぬ。...

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村上城③ ~日本海に沈む夕日~

近世村上城について。慶長3年(1598年)、本庄氏の会津転封にともなって、堀秀治の家臣・村上頼勝が領主となる。村上氏によって始められた近世城郭への改築工事は、堀直寄の時代に完成を見た。堀氏の時代には3重の天守が建てられ、また城下町の構えや町割りも整備された。慶安2年(1649年)に姫路から松平直矩が入城。寛文年間に村上城は大規模に改修された。天守、櫓等が新たに造り直されたが、ほどなく寛文7年(1667年)の落雷に...

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村上城② ~猛将・本庄繁長~

村上城(むらかみじょう)は、新潟県村上市に存在した平山城。別名・舞鶴城(まいづるじょう)、本庄城(ほんじょうじょう)。村上市街地東端にそびえる臥牛山(標高135メートル)の頂に築城され、歴代の村上藩主の居城であった。国の史跡に指定されている。(Wiki参照)...

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村上城① ~北越の総石垣の城~

新潟県のお城というと、誰もがまず思い浮かべるのは春日山城でしょう。ではその次は?中世城郭なら栃尾城、与坂城、栖吉城、坂戸城、樺沢城、鮫ヶ尾城、直峰城、etc、etc・・・うわー挙げきれない!近世城郭なら新発田城、高田城あたりでしょうか。ここで個人的に一押しなのが、今回紹介する国指定史跡・村上城です。全国でも数の少ない近世山城であり、山上の石垣群は圧巻です。日本名城百選選定城郭でもあります。...

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新発田城② ~甦った三匹の鯱~

景勝が鶴ヶ城(福島県会津若松市)に本拠を移すと、春日山城(上越市)には掘秀治が、新発田城には溝口伯耆守秀勝が6万石で入ります。秀勝は現在の五十公野御茶屋に仮宅邸を設け、新発田城が完成するまでそこで政務をとります。新発田城は新発田川の流れを利用した平城で本丸を中心に2重の堀があり、本丸には天守の代わりとなる3重櫓が築かれました。櫓の壁は日本海側の城郭建築で見られる海鼠壁が採用され積雪対策としました。戊...

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新発田城① ~おのれ景勝!~

100名城の一つ、新発田城。現在の遺構は近世新発田藩の藩庁としてのもので、新潟県で唯一江戸期の城郭建築が残る城です。近世新発田城の概略は次回述べるとして、まずはそれ以前の沿革。最初に城が築かれた時期は不明だが、鎌倉時代初期に幕府設立に戦功のあった佐々木盛綱の傍系である新発田氏による築城と考えられている。代々新発田氏の居城となっていたが、1581年(天正9年)、新発田重家が上杉景勝に対して反乱を起こした(新...

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平林城 ~揚北衆筆頭・色部氏の居城~

南北朝時代に南朝方に付いた平林氏の城であったが、北朝方で鎌倉時代以来の地頭だった色部氏が攻め滅ぼし居城にした。以降、代々色部氏の本拠地となった。永正の大乱では、城主色部昌長は越後守護上杉房能に従い、守護代長尾為景と対立。永正5年(1508年)5月に為景方の鳥坂城主の中条氏や築地氏らに攻められ落城、降伏して長尾氏に帰属した。天文8年(1539年)、色部勝長の時には守護上杉定実の養子縁組問題から伊達稙宗・中条藤...

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浅貝寄居城 ~越後最後の夜~

関東管領を襲名した上杉謙信が、関東へ出陣する際の越後国における最後の城、それが浅貝寄居城です。三国街道は越後から関東に出るためにはいくつもの峠を越える必要があると荒戸城の項で述べましたが、一番関東側にある三国峠が、越後側から見ると最後にして最大の難関なのであります。この危険な峠を越える前に、充分休養して準備を整える地、この城はそういった宿営所としての役割を持って築かれたものであったようです。謙信公...

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荒戸城② ~今でも現役?~

いざ主郭へ、でもその前に。 二郭(二ノ丸)の標柱。先客はここで陣地を構築していた。写真だけ撮ってそそくさと撤収。...

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荒戸城① ~峠を守る城~

新潟県と群馬県の間には2000m級の山脈が横たわっていますが、古来より「三国峠越え」と「清水峠越え」の2つの主要ルートがありました。どちらのルートも非常に険しいのですが、三国峠越えルートは、三国峠のほかにもいくつもの峠を越えなければなりませんでした。そのうちの一つが「芝原峠」なのですが、まさにこの峠のピークに築かれた城が、この荒戸城なのです。峠を完全に掌握しており、この城を素通りして街道を進むことはで...

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樺沢城③ ~必殺の連続畝状竪堀~

*正直縄張図を見ながらでないと、写真が多いこの登城記でも意図が伝わりにくいと思います。有名なお城サイトの中には縄張図まで載せているところもあるので、その図を見ながらこの登城記を見ることがおすすめかもですよ(他力本願)。さて、本丸を後にします。もう何らかの縄張図を見ている前提で話を進めます(ひどい)。...

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樺沢城② ~技巧的要塞!~

(注:本丸・二ノ丸といった表記はなじまない気もしますが、現地表示に従います) 矢印に導かれるまま進みます。道は右前方へ続いていますが、左側に気になる看板が・・・...

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樺沢城① ~北条vs上杉~

坂戸城の次に向かったのが樺沢城。地図に場所が記載されていないので迷うことを覚悟していましたが、R17沿いにでっかい案内看板があります。その後も随所に案内表示があったため迷うことなく到着。...

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坂戸城⑤ ~天地人の里~

御居間屋敷へと向かいます。 何とも言えない趣のある風景です。緑色がきれいですね。こういう風景を見るとこの時期の山城も悪くはないなと思ってしまいます。体力的には厳しいですが。...

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坂戸城④ ~一度も落城したことのない城~

再び実城へ。 富士権現社内はこんな感じになっています。中で休憩できるようになっており、お城に関する資料も所狭しと張ってあります。...

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坂戸城③ ~山岳の大要塞~

連続する堀切を乗り越え、桃之木平から登ってくる道と合流。ここからさらにいくつかの郭を通過し(ただし藪まみれ)、実城へと向かっていきます。...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日生野菜摂取しないと死ぬ。
© 2010 城館探訪記

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