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記事一覧

三本木城 ~阿久沢一門の砦か~

2018年2月 前橋探訪part2引き続き旧宮城村の城館巡り。西屋敷から北北西に600mほどの位置にあるのが三本木城。昭和63年の発掘調査で検出された城館です。城域の南面には畜舎が立ち並んでいます。このあたりは台地の先端部に面しており、この背後に城砦が築かれるのは地形的には納得できるところ。...

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西屋敷 ~六本木一族の砦跡~

2018年2月 前橋探訪part2阿久沢家住宅の次に訪れたのが西屋敷。旧宮城村柏倉地区の字堀の内に残る城館跡で、西毛地区なら「柏倉堀の内」と命名されていそうなところ(「根小屋」や「内出」などと同様に「堀の内」も城館関連用語の一つ)。東側から見た光景。柏倉交差点から西へ200mほど進んだところに位置します。東側に小川が流れ天然の堀をなし、北面から西面にかけては堀跡らしきや土塁跡らしきが見られます。...

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阿久沢家住宅 ~国指定重文「赤城型民家」~

2018年2月 前橋探訪part2忠治の岩屋の攻略を断念し、赤城神社を探索した後に向かったのが阿久沢家住宅。何気に初訪問。国指定重要文化財 阿久沢家住宅阿久沢家住宅は北関東の平地における典型的な中規模古民家。茅葺寄棟造りで、建造年代は17世紀末と推定されており、県内でも最古の民家の一つとなっています。説明板を読んでいると駐車場隣の建物から管理人らしきおじさんが出てきて、住宅内の電灯を点灯してくれました。無料で...

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松岸寺館 ~伝・佐々木盛綱館~

2018年11月 安中・松井田探訪 新寺館の次に向かったのは磯部小学校の北西にある松岸寺。便宜上松岸寺館として掲載します。なぜ城館表記で掲載するかというと、この地が佐々木盛綱の館と伝わるため。佐々木盛綱について、以下wikiより抜粋。佐々木盛綱は、平安時代末期から鎌倉時代初期の武将。加地盛綱とも呼ばれる。近江の宇多源氏佐々木氏棟梁である佐々木秀義の三男として生まれる。幼名(初名)は父の1字を取って秀綱といっ...

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新寺館 ~人見城の関連城館か~

2018年11月 安中・松井田探訪 松井田宿散策に続いて向かったのは松井田町二軒在家にある河田陣屋。『群馬の城館マップ』にポイントしておいた該当地に到着し、陣屋跡と思しき場所の藪を撮影して「該当地は現在藪になっている」ということを確認して満足し次の場所へ。・・・が、記事を作成の段になって資料を確認するとポイントしていた位置が実際の跡地よりも150mほど西にずれていたことが判明。跡地と思って撮影した藪は正真...

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徳右衛門屋敷 ~松井田宿脇本陣②~

2018年11月 安中・松井田探訪 安兵衛屋敷に続いて向かったのは松井田宿のもう一つの脇本陣・徳右衛門屋敷(徳右衛門脇本陣)。安兵衛屋敷と同じ用途で設けられた公認の屋敷跡で、建坪は約73坪であったと記録されています。再掲図。この図で②と表示されているところが徳右衛門屋敷の跡といいます。...

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安兵衛屋敷 ~松井田宿脇本陣①~

2018年11月 安中・松井田探訪 松本本陣に続いて向かったのは松井田宿に二つある脇本陣の一つ・安兵衛屋敷(安兵衛脇本陣)。大名や旗本、幕府役人、勅使、宮門跡などの宿泊所として設けられた公認の屋敷跡で、建坪約82坪、玄関門構えはなかった建物であったとのこと。再掲図。この図の⑨と表示されているところが安兵衛屋敷の跡といいます。...

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松井田宿松本本陣 ~駒之亟屋敷~

2018年11月 安中・松井田探訪 金井本陣に続いて、松井田宿もう一つの本陣・松本本陣へ。入手したマップを見ると「第2パーク」を起点にした方が便利そうなので、車を「商店街無料パーク」から「第2パーク」へ。こちらの駐車場は街道から奥に入ったところにあり、わざわざ移動したものの歩く距離はそれほど変わらなかった。現地案内板より。現在地が表示されていること以外は手持ちのマップと同じ図で、松本本陣の表示が見られます...

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松井田宿金井本陣 ~藤右ヱ門屋敷~

2018年11月 安中・松井田探訪酒盛城から引き続き西へ進み松井田町へ。旧中山道は松井田の信号で国道から別れ松井田中心部に入っていきます。この中心部がかつての中山道松井田宿で、今も古い町並みが残っています。こういった古い町並みの中心部は、道が細かったり駐車スペースがなかったりで車利用者にとって訪問しにくい場合がままあるのですが、ここ松井田宿は宿の中心部に「商店街無料パーク」と称して無料の広い駐車場が完備...

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酒盛城 ~国道貫通で消滅~

2018年11月 安中・松井田探訪八本木旧立場茶屋から旧中山道を西へ。郷原の内出を越えしばらく進むと道はR18と合流。合流地点の国道わきには「妙義道常夜燈」があります。そのすぐ西隣に築かれたのが酒盛城。伝承では武田信玄・勝頼が松井田城を攻略した際にこの砦で酒盛りをしたと伝わるも、その他詳細は不明。...

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八本木旧立場茶屋 ~隣に日本三地蔵~

2018年11月 安中・松井田探訪五十貝家茶屋本陣から旧中山道を西に進み、安中二中・六本木公園を過ぎた場所にあるのが八本木旧立場茶屋。「立場」とは主要街道の宿場町が遠い場合や峠のような難所に設けられた休憩施設のこと。江戸時代の宿場は、原則として、道中奉行が管轄した町を言う。五街道等で次の宿場町が遠い場合その途中に、また峠のような難所がある場合その難所に、休憩施設として設けられたものが立場である。茶屋や売...

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五十貝家茶屋本陣 ~明治天皇原市御小休所~

2018年11月 安中・松井田探訪この日は安中宿本陣から大手坂~旧碓氷郡役所~安中教会~安中藩郡奉行役宅~安中藩武家長屋~新島襄旧宅と探訪していますが、これらの掲載はまた後程。新島襄旧宅から引き続き旧中山道沿いに西へ向かい、原市地区へ。しばし旧街道を進むと左手に「原市高札場跡」の表示が現れます。ここは以前安中杉並木の項で掲載した場所であり、再訪になります。原市高札場跡・明治天皇原市御小休所再訪を好まない...

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安中宿本陣 ~日本橋から15番目の宿場町~

2018年11月 安中・松井田探訪中山道六十九次、江戸(日本橋)から15番目の宿場町であった安中宿。規模は本陣1、脇本陣2、旅籠17で、現在の安中郵便局の場所にその宿本陣が置かれていたといいます。郵便局を目指し国道18号バイパスから街中に入る旧道へ。安中郵便局の入口前にある「安中宿本陣跡」の石碑と表示看板。ひっそりと佇んでおり普通の人は気にも留めませんが、石碑・標柱ハンターからすれば立派な表示物があって小躍りし...

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村山城 ~ぎんなん公園そよかぜ公園~

2018年10月 前橋探訪part4 前橋市大友町字村山に築かれていた城が村山城。城主は村山佐渡守と伝えられ、天正年間には北条氏直に属していたという。『群馬県古城塁址の研究』本文の「天文年間」は誤記と思われます。城の遺構は消滅し、痕跡を見つけるのは困難。現在「ぎんなん公園」「そよかぜ公園」がある一帯が城域の中心といいます。ぎんなん公園...

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片貝西城 ~片貝城の西の別郭~

2018年10月 前橋探訪part4 上毛電鉄片貝駅の南にある龍潭寺複数の先人たちがこの場所を片貝城の跡地として紹介していますが、先に触れたとおり片貝城の本丸は龍潭寺の東側にあり、龍潭寺は「西の別郭」にあたります(『群馬県の中世城館跡』より)。資料の図を見るとこの別郭は龍潭寺を中心に二重の堀がめぐらされており、単体でも十分の防御力を持った城館であるため片貝西城として掲載します。...

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片貝城 ~北条高弘退去の城~

2018年10月 前橋探訪part4 上毛電鉄片貝駅の南にある龍潭寺付近に築かれた城が片貝城。三俣城と同様、天正12年に北条高広が厩橋城(前橋城)から退去して移った城であるという。少し前までは城マニアの城巡りといったらもっぱら山城探訪が中心という流れでしたが、ここ数年で遺構がない平地城館を巡る同好の士もジワリと増加しているように感じます。前橋市史にすら記載のないこの超マイナー城館でさえ、すでに先人のレポートをい...

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三俣城 ~上毛電鉄三俣駅~

2018年10月 前橋探訪part4 前橋市三俣町、上毛電鉄三俣駅を中心とした一帯に築かれたのが三俣城。天正12年、北条高広が厩橋城からこの城に移ったといいますが、詳細は不明。...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。
© 2010 城館探訪記

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