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記事一覧

赤見城 ~現役要塞保育園~

2015年冬 足利・佐野探訪清水城から、この日最後の訪問地として向かったのが赤見城。城内に保育園があることでも有名。その名も「赤見城保育園」。保育園隣の道路沿いには城址碑と石板。石板には往時の城の縄張りが刻まれています。それによると往時の赤見城は本丸を中心に南東に二の丸、南に三の丸、さらに北の丸、西の丸をもつ複郭の城郭で、現在の町屋公民館のあたりが西の丸に該当するようです。...

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清水城 ~佐野氏の有力支城~

2015年冬 足利・佐野探訪吉水陣屋のすぐ西側にある興聖寺一帯に築かれていたのが清水城。寺の名前を取って興聖寺城とも呼ばれています。興聖寺正門...

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吉水陣屋 ~本多正純が築いた陣屋~

2015年冬 足利・佐野探訪阿曽沼城からいくつか寄り道した後に向かったのが吉水陣屋。吉水駅北側にある新吉水第一公園周辺に築かれていたという。新吉水第一公園何の変哲もないごくごく普通の住宅街にある公園です。しかし私の目は爛々と輝いていました。ここにあるはずのあるものを求めて。...

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阿曽沼城 ~800年前の壕が残る阿曽沼氏居城~

2015年冬 足利・佐野探訪堀田佐野城の次に向かったのが佐野市浅沼町にある阿曽沼城。浅沼八幡宮の周辺が城域となっています。浅沼八幡宮。目標物がある城館は訪問が容易なのでありがたい。...

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堀田佐野城 ~陣屋構えの城~

2015年冬 足利・佐野探訪椿田城の次に向かったのが堀田佐野城。別名植野城・佐野陣屋とも。ここでは現地表記を採用しておきます。佐野市植下町、堀田稲荷神社の周辺が城域(陣屋跡)なので、そこを目標にするのが分かりやすい。堀田稲荷神社。この場所だけ微高地となっており、周辺はこれより低い畑地と宅地、あとは池(泉水跡)となっています。土塁状の地形は城の土塁の一部に相当しているとのこと。...

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椿田城 ~赤松福地家の守護神・十一面観音~

2015年冬 足利・佐野探訪中里城から佐野市船津川町にある椿田城へ。R50足利バイパス~佐野バイパス~r7を経由し、県道から入ったところにある表示。表示通りに進むと周囲を水路に囲まれた城跡に到着。敷地内は現在も子孫の方が暮らしているとのこと。...

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中里城 ~足利家臣・柳田伊豆守の居城~

2015年冬 足利・佐野探訪足利・佐野の城館をめぐったある冬の一日の記録。初めに向かったのが足利市福居町、宝福寺の東側にある中里城(柳田氏居館)。柳田伊豆守は足利氏の家臣で、南北朝期に築城された柳田氏の居城と推測される居館跡である。この遺跡は、南北に長い台形を呈しているが、南西部分は判然としていない。現在、北西から南東にかけて土塁と周壕を残す、特に北西、北東隅には隅櫓があったことをうかがわせるように高...

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西方城(先行公開)

お隣の栃木県から。栃木は唐沢山城をはじめ黒羽城、川崎城、烏山城、飛山城など見ごたえのある城が山のようにあります。なぜ現100名城であそこを選んだのかは謎中の謎。栃木の城館も掲載が進んでおらず、在庫がたんまりある状態が続いています。そんな中、先人の評価が高い西方城を先行公開。...

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足利城(先行公開)

別名両崖山城。足利市街地の背後に聳える両崖山に築かれた山城で、藤姓足利氏の祖・藤原成行によって築城されたと伝わる。織姫神社。ここから登城路が伸びている。この神社もなかなか面白いところだったが、詳細は本編にて。...

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岩井山城 ~足利長尾氏、居を定める~

岩井山城は別名勧農城とも称され、中世において足利荘の中心であった。文正元年(1466)、山内上杉氏の足利侵攻に伴って、その重臣長尾景人が足利荘代官として入城した。以後、古河公方足利氏と山内上杉氏がこの城を巡って攻防を繰り広げた。永正九年(1512)、足利荘は上杉氏の実質支配下にあり、代官は長尾景人の子景長であったが、景長は新たに足利城(両崖山城)を築城して移り、岩井山城はその支城となった。永禄五年(1562)、長尾...

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尻無山城 ~地図にはあるのに詳細不明~

足利地区において両崖山城(足利城)に次ぐ規模を持ちながら文献・古文書に記述がなく、城の沿革は未詳である。しかし、地理的な関連や城の規模などから両崖山城の搦手を守護する出城で、大手口を守護する南の岩井山城に対応する形で構築されたものであろう。(城郭大系より抜粋)...

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唐沢山城④ ~江戸城を見下ろすとはけしからん!?~

もう見飽きた感のある案内図。これで最後です。 現在、本丸北側の武者詰から二の丸へ移動中。...

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唐沢山城③ ~関八州を眼下に見渡す~

再々掲案内図。現在、本丸南の表御殿と呼ばれる場所です。...

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唐沢山城② ~軍神も撃退~

再び案内図に登場してもらいましょう。前回は画面中央左、神橋のところまで行きました。今回は一気に本丸まで行きます。...

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唐沢山城① ~関東七名城!~

佐野城を後にし、いよいよ唐沢山城を目指します。実戦を幾度も経験している(しかもその相手がすごい)全国でも屈指の堅さを誇る中世山城であり、織豊期には石垣で改修、今もその遺構を見ることができます。規模・縄張り・遺構の残存度はもとより、歴史性・景観・整備状況・各県最低1か所以上という条件なども併せて考えると、どうしても栃木の100名城はここになると思うのですが・・・滋賀県や兵庫県の様に県内の競争が激しいとこ...

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佐野城 ~佐野氏、未完の居城~

2009年3月7日、プリウス号がドック入りした間、代車としてあてがわれたのがMARK X ZiO号。店舗で車を受け取り、6段変速とは知らずしばらく1速のまま走行したため「プリちゃんに比べるとやっぱりうるさいなあ」などと思ったり。自動ギアチェンジしないならMT車のようにクラッチとレバーをつけれ。いや、オートマ車でありながら、マニュアル感覚のドライビングが楽しめるのがウリなんだそうで。適当にいじりながら走行して運転方法...

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神田城 ~扇の館~

この周辺を通りがかった際、道路地図に神田城の記載があったので立ち寄ってみました。源平屋島の合戦で扇の的を射落とした那須与一宗隆が生まれた場所であるともされます。 駐車場の説明板。縄張図もあります(ちと薄い)。那須神田城とも。...

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KD

Author: KD
由緒ある建造物、急峻な山城、遺構の残っていない平地城館、考証無視の模擬天守、すべて等しく探訪対象。一番好きな瞬間は超マイナーな城館で城址碑や標柱を見つけたとき。毎日欠かさず生野菜摂取中。
© 2010 城館探訪記

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